変わり映えしないエッフェル塔よりスマホの方が面白い? 今や「娯楽はオーダーメイド」の時代に(古市憲寿)

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 有閑階級や有閑マダムという言葉がある。有閑とは財産などがあり生活に余裕があることをいう。文字通り「閑(ひま)が有る」というわけだ。英語で有閑階級は「leisure class」。この余暇(レジャー)は、人類にとって長い間、一部の階級のみが享受できる特権に過ぎなかった。

 今や世界が豊かになり、中間層が増加したことで、余暇の民主化ともいえる現象が起きている。その一つが日本でも話題のオーバーツーリズム。当然ながら日本だけの現象ではない。ヨーロッパでも古い宮殿や歴史的建造物を改築した高級ホテルが続々と開業していたり、いかに観光で稼ぐかを皆が真剣に考えている。

 セルビアの首都ベオグラードでは、紛争の際にNATO軍から空爆を受けた旧参謀本部ビルが保存されている。日本でいえば原爆ドームに近いイメージだろうか。地元では実質的な戦争追悼メモリアルとして扱われてきた。しかし最近、法律を変えてまでその建物を取り壊し、よりによってトランプタワーを建設するという案が本格的に検討されていた。バルカン半島初となるトランプ・インターナショナル・ホテルと、約1500戸のマンションを含む巨大ビルである。「さすがに」ということなのか、汚職スキャンダルと市民の抗議で計画は中断に追い込まれている。

 もっとも、中間層の余暇の受け皿になっているのは、時間としては旅行よりもスマートフォンやテレビの方が圧倒的に長いだろう。近年の傾向としては、より受動的に楽しめるということで、ゲームよりも動画サイトに軍配が上がるようだ。

 面白いと思うのは、同じ「スマホを見る」という動作でも、実際に見ているものは全員がバラバラということ。これがかつての余暇との違いである。ピラミッドに行けばピラミッドしかないし、アンコールワットにはアンコールワットしかない。旅行というのは、同行者と同じものを見るという経験である。しかも昭和時代に流行した団体旅行なら、全てがお仕着せのスケジュールで進んでいった。

 旅行に限らず、映画を見ることも、小説やマンガ、週刊誌を読むことも、かつての娯楽は基本的に大量生産されたものが対象であり、それを消費者が大量消費することで成立していた。だからこそ多くの娯楽産業が成立したのだ。

 だが今や娯楽をオーダーメイドできる時代。SNSに表示される投稿や動画は、アルゴリズムによって一人一人まるで違う。利用者によって「トレンド」さえも異なる。さらにAIが簡単に作品を生成できる時代においては、本当にその人のためのコンテンツを作ってくれるようになる。

 そういえば、世界中のどんな名所に行っても、観光客はずっとスマホをいじっている。考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。いつ行っても代わり映えしないエッフェル塔より、スマホの中の方が楽しいのだ。余暇は特権から権利になり、やがて中毒になった。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2026年3月12日号掲載

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