韓国「尹錫悦」前大統領に“無期懲役”判決の衝撃…大統領の命運を“選挙”ではなく“裁判”が握る「司法統治」の危うさ

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政治権威が有権者から裁判所へ

 ここには構造的な問題が潜んでいる。国家が危機的状況にあるとき、一貫性に欠ける証言や推認に基づく証拠であっても、判断の材料として採用されやすく、法理も柔軟に解釈されやすくなる。一度弾劾という政治的判断が確定すれば、後に証拠評価の妥当性が見直されても、その制度的帰結が覆ることはほとんどない。

 尹氏の裁判では、同様の現象が再現された。

 より深い変化は制度的仕組みにあると言える。韓国ではいま、大統領の政治生命が選挙ではなく裁判で決まりつつある。

 朴氏は憲法裁判で弾劾され刑事裁判で有罪となり、約5年間にわたり自由を制限された。尹氏は刑事裁判で内乱の首謀者と断定された。そして現職の李在明大統領さえ、複数の刑事事件の帰趨に政治的運命を左右され続けてきた。

 ここで押さえておくべきは、2025年5月、韓国大法院は当時、共に民主党の大統領候補であった李在明氏の公職選挙法事件において、無罪の原審を破棄し、ソウル高等裁判所に差し戻した。しかし、高等裁判所は公判を延期し続け、結局、判決を下さなかった。

さらにさかのぼれば、2023年、当時党首でであった李氏に対する偽証教唆関連の逮捕同意案が国会を通過したものの、裁判所は逮捕状を却下した。またもや、政治の命運を握ったのは選挙ではなく、司法の判断であった。
尹氏の内乱判決は、現職大統領も刑事捜査の対象となると判断した。在任中の刑事責任追及が可能という解釈は、李在明政権にも直接及ぶ。

 比較政治学はこれを「司法統治(juristocracy)」と呼ぶ。政治権威が有権者から裁判所へ移る現象である。

 韓国はついにその段階に入った。

 国際比較でも韓国は特異だ。多くの民主主義国家では、違憲的権力行使は弾劾や職権濫用罪で処理される。民主体制が維持されたまま、選出大統領に内乱終身刑を科した例はほぼない。今回の事案では、武装蜂起も国家機関の完全占拠も憲法秩序崩壊も生じていない。それでも内乱無期となった。

憲法の限界への挑戦

 判決を支持する側は「誰も法の上に立たない」と言う。だが法の支配は概念の厳密性も要請する。内乱と統治権力の逸脱を同一視すれば、刑法は政治闘争の最終兵器となる。そして一度拡張された犯罪概念は、ほとんど縮小しない。未来の政権も同じ基準で裁かれる。12・3戒厳令は、疑いなく衝撃的で、政治的安定を揺るがした。そして韓国憲法裁判所によって最終的に違憲と判断された。

 しかし民主国家では、緊急権限の濫用という問題に繰り返し直面する。国内への軍投入、非常措置の発動、憲法の限界への挑戦――。そうした事例は、今日の米国を含め各国で見られる。特検側は死刑を求め2月25日に控訴した。

 尹前大統領はすでに弾劾により職を失している。拘留されたまま数カ月にわたる精緻な捜査を受け、関連する軽微な罪では1月に有罪判決をうけている。

 内乱罪は、暴力的な憲法秩序破壊という高い基準が満たされ、その意図が合理的な疑いを超えて証明された場合にのみ適用されるべきである。さもなければ、憲法危機は事実上、犯罪として定義されかねない。そしてその先例は、将来の政権にも受け継がれることになる。

吉田賢司(よしだ・けんじ)
「JAPAN Forward」ソウル駐在記者、翻訳家。米ウィリアム・アンド・メアリー大学で政治学専攻。

デイリー新潮編集部

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