結婚式の当日に「正社員だから選んだ」と知らされモヤモヤ… 美人妻へのときめきも半年で冷めた45歳夫の“女運”

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実は兄は…

 リビングに戻ると、母は呆然とソファに座っていた。彼を見ると「これからはふたりきりなんだから、あんたも家の中のことをやってね。自分のことは自分でして」と切り口上で言われた。

「うちはもともと共働きでしたから、急に生活に窮することはなかったけど、母は以前よりずっとバリバリ仕事をするようになったのか、恋愛でもしていたのか、帰宅は遅めでしたね。僕は部活が忙しかったので、週末もほとんど練習に明け暮れていて、母との接点は少なかった」

 進学を考えたとき、父に相談に行った。学費は出すから大学へ行けと言ってくれた。そのとき「おにいちゃんはどうしてるの」と尋ねたら、「田舎で元気にやってるよ」と父は笑っていた。

「ところがそれは事実と違っていて、兄は行方不明になっていたんです。親戚に預けてすぐ、行方がわからなくなったらしい。何がなんでも見つけなければという父と、どこか投げやりになっていた母との間で軋轢が生じて離婚ということになったのが真相のようです。もっともこの話はあとから親戚に聞いたんですが……。父はそのころも必死に探していたらしいけど、兄は見つかりませんでした」

 寛太さんは弁護士になりたかったのだという。弱い立場の人の味方になりたかった。父に相談して大学進学を決めてからは、本格的に受験勉強を始めた。ところが母は、まず父に相談したことがおもしろくなかったらしい。

「僕は今でも母の性格がよくわからないんですよね。僕の記憶では、小さいころは兄を猫かわいがりしていたのに、不登校になったら急に冷たくなった。兄がいなくなってからは急速に僕に干渉するようになって、うっとうしいと反抗したら帰宅が遅くなり、僕に関心を示さなくなった。なんだか人との距離のとり方がおかしいんですよ。あまり関わりたくないと当時は思っていました」

「ろくな恋愛をしなかった」20代、交際相手に嘘をつかれて

 だから大学に合格するとすぐに東京へ出た。父が保証人になってくれ、狭いアパートで暮らすようになったが、大人への階段をダッシュで上っている実感があったという。アルバイトと勉強に明け暮れたが、司法試験には合格できなかった。

「浪人するわけにもいかないので、そのまま入れる企業に潜り込みました。仕事をしながら司法試験を目指すつもりだったけど、人生、そううまくはいかない。結局、就職した会社では人間関係がうまくいかず3年で退職、その後、2度の転職活動を経て、28歳のときにようやく今の会社で落ち着くことができました」

 あの時点であきらめていたら、おそらく非正規という形で働いていただろうと寛太さんは振り返る。30歳前だったから、転職してもなんとか正社員になれた。そして今の会社は、とてもフレキシブルないい会社だと顔をほころばせる。

「20代はろくな恋愛もしませんでした。ちょっと仲よくなると先を考えずにつきあって、うまくいかずに別れるということを繰り返していた。今の会社に入る前の職探しをしていたころ、短期間つきあった女性がいたんですが、『妊娠した』と中絶費用を要求されました。もちろん出しましたが、彼女は妊娠してなかったとあとから共通の知り合いに言われて……。そういう重大なことで嘘をついてお金を巻き上げるタイプの女性もいるんだなと勉強になりましたね」

 そのときふっと母のことを思い出したと彼は言う。「女はやっぱりわからない」という考えが彼に根づいた。

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