世界が称賛する「クレボ・ステップ」の衝撃…日本選手団メダルラッシュのなか冬季五輪“通算10個目の金メダル”を獲得した「ノルウェーの英雄」の凄さに迫る
ワックスの“効き”が前提
確かに平地であれば一歩一歩踏みしめて走るより、スキーを前に滑らせた方が圧倒的に速く前に進める。下り坂は言うまでもない。だから上り坂でも滑らせる意識に選手たちは支配されてきた。その固定概念をクレボ家が打ち破った。少しでも滑らせた方が速いという先入観を、クレボは力強く素早いステップで凌駕したのだ。
「日本でも、クレボ・ステップを目にする機会はあるんですよ」
横山さんが面白い事実を教えてくれた。
「クロスカントリースキーを始めたばかりの子どもたちは、パタパタとあのようなステップを踏むことがあります。スキーをうまく滑らせることができないからです。それで私たち指導者は『もっとスキーを滑らせなさい!』と教えるのですが、クレボによってその概念が破られました。子どもたちは速く登りたいという思いで動いています。クレボ・ステップは人間の本能の動きなのかもしれませんね」
さらにもうひとつ重要な側面があるという。
「あのクレボ・ステップは、ワックスの“効き”が前提です。ノルウェーをはじめヨーロッパの強い国々は、大勢の優秀なワックスマンたちでワックス・チームを構成しています。そうしたバックアップ体制もクレボ・ステップを支える大きな力だと思います」
たとえ日本選手が相当な努力を重ねてクレボ・ステップを身につけ、蓄積する乳酸に負けない持久力を養ったとしても、あらゆる気象条件で刻々と変化する雪面に対応するワックスを選手に提供できなければ、技術が生かせないことになる。
科学全盛のスポーツ界で、常識を打破するクレボ・ステップは果たして、科学的な新技術なのか、あるいは素朴な職人芸的な発想の賜物なのか。私はそこにも興味を感じる。
400メートルからマラソンまで優勝するようなもの
滑った方が進むと考えられているスキー界の中で、「技術と体力さえあればこっちの方が速い」と確信し、理屈や理論を凌駕したクレボ・ステップは、選手の感性の賜物であり、気合いと情熱の成果とも言えるだろう。その意味では決して新しいシステムが生み出した新技術でも発明でもない。それが、“肉体こそすべて”のスポーツの“真髄”に通じて、痛快な気がする。
短い距離から長い距離まで網羅し、クラシカル走法もフリースタイルも厭わずあらゆる種目で頂点を狙うクレボの存在をテレビ中継の実況アナウンサーが「陸上競技で言えば、短距離の100メートルからマラソンまで優勝するようなもの」と表現していた。陸上競技ではありえない快挙をクロスカントリースキーでクレボが現実にしている。私も驚異的なことだと胸を躍らせたが、選手の感覚からすると「それは少し違うかなと感じています」と、これも横山さんが教えてくれた。
「クロスカントリースキーには、陸上競技の100メートルほど短いレースはありません。ですから、400メートルからマラソンまで、くらいだと思います。それに、短い距離が得意な若い選手が持久力をつけて、だんだん長い距離のレースでも勝つようになる例はクレボ選手に限らず過去にたくさんありました。クロスカントリースキーではありえることなのです」
クレボの圧倒的強さに感嘆するあまり、極端な形容詞を並べがちだが、競技の特性を理解せずに驚きすぎるのもまた戒めるべきと教えられた。それにしても、クレボが日本のファンの前であの力強くエネルギッシュなステップを見せてくれる機会は今後あるだろうか。メダルを獲った種目ばかりでなく、いまは日本選手の活躍が見られないクロスカントリースキーが活気づく未来も見たいものだと思う。
実はミラノ・コルティナ五輪から採用された魅力的な新種目がある。日本選手は出場できなかったせいもあってか、日本ではほとんど注目されなかったが、《スキーモ》と呼ばれる山岳レース(正式名はスキー・マウンテニアリング)。スキーで滑ったり、スキーを脱いでブーツで山を駈けたり、いわば雪上のトレイルランニングのような冒険的なレースだ。トレイルランニングは一般の愛好者も多く、世界の頂点を競う日本選手も多い。スキーモに憧れ、スキーモを志す日本人はきっとたくさんいるだろう。冬のスポーツの新たな展開が楽しみだ。





