「愛子さまの笑顔を思い出すたびに“がんばるぞ”と」 ラオスの人々を夢中にしたお人柄 「歌会始」の和歌ではご心境の変化も垣間見え…

国内 社会

  • ブックマーク

【前後編の後編/前編からの続き】

 特別な存在であるがゆえに、常に国民から関心を持たれ、時に厳しい目で見られることもある皇室の方々。目下、その人気を大いに支えておられるのが愛子内親王(24)であることは、論をまたないだろう。愛子さまと接した人々の証言と共に、魅力の全容に迫る。

 ***

 前編では、「愛子さまフィーバー」の理由について、愛子さまと直に接した人々の証言を紹介した。

 昨年5月、石川県能登半島の被災地を視察された愛子さまは、道の駅に仮設されたスーパーを訪れた。

 このスーパーの店長が述懐する。

「私の妻が愛子さまの応対をしました。うちには魚介類や野菜などいろいろな商品がある。愛子さまは“目移りしてしまいますね”とおっしゃって、並んでいるひとつひとつの商品について“これはなんというお魚ですか?”とお尋ねになったようです。大変興味深そうに商品を見て回られたので、10分の滞在予定が30分になりました」

 興味を持たれたのは商品だけではない。

「妻が胸元に着けていた桜貝のブローチを見て、“幸せを呼ぶ桜貝ですね”と。妻が愛子さまに差し上げようとすると、“お気持ちだけいただきます”とおっしゃいました。親しみやすく温かいお言葉に、私はもちろん、その場にいた者はみんな愛子さまのファンになりましたよ」(同)

「温かく優しい笑顔でした」

 そして昨年11月、ラオスへのご訪問で人気は絶対的なものとなる。ご訪問先の一つ「ラオ・フレンズ小児病院」の看護師である赤尾和美さんが言う。

「愛子さまは入院中の子供と付き添いの母親に“どのくらい入院されているのですか?”“痛みはありますか?”“早くよくなってくださいね”と語りかけておられました。心配するお気持ちをにじませながらも、温かく優しい笑顔でした」

 赤尾さんが一番印象に残っているのは“異文化を実感するようなご経験はありましたか?”という、愛子さまからのご質問だった。赤尾さんはある脳性まひの子供の話をしたという。

「その子のご家族は“生まれ変わり”を信じています。そのご家族から“病院がこの子を助けなければ、今頃は生まれ変わって障害のない新たな人生が始まっていたはず”と言われ、私は“ご家族を苦しめているのかもしれない”と落ち込んだことがあったのです」(同)

 この一件に触れつつ、

「“従来の文化と新しい文化との折り合いをつけ、ベストな医療を提供することが私たちの役割であり課題”とお話ししたところ、愛子さまは大きくうなずかれ、“異なる文化の融合に尽力することは大変ですが、大事なことですね”と言われました。私の話の意味合いを理解していただいたように感じ、うれしかったです」(同)

 実はこのやりとりの間にも、愛子さまのお人柄をしのばせる一幕があった。

「愛子さまの周りの人たちが、ちょっとざわついていました。私が“あ、お時間ですね?”と言ったところ、愛子さまはこちらに手のひらを差し伸べて“どうぞ続けてください”と、ニッコリしながら促してくださいました」(同)

 帰り際に赤尾さんが“またお越しください”と声をかけると愛子さまは、

「“よろしいのですか?”と優しくほほ笑んでくださいました。あの笑顔を思い出すたびに“がんばるぞ”という気持ちになります」(同)

 ちなみにこのご訪問後、病院へは“応援します”というメッセージが多数寄せられるようになったという。

次ページ:「公務を担っているというご自覚が明らかになったのが今年のお歌」

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。