「朝ドラ」があえて描かなかった重要シーンを考察する 「ばけばけ」錦織、衝撃の吐血シーンの意味

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本音と建て前を使い分け

 もっとも、ヘブンが転居する真の理由はトキが町の人々からラシャメン(外国人の妾)と蔑まれないようにするため。寒さという理由は建て前だ。

 ヘブンは錦織から第69回(1月8日)で教わった本音と建て前を使い分けた。世話になった松江の人々を傷つけず、トキに精神的負担を掛けないためだった。

 錦織がヘブンの真意をやっと知ったのは第94回(2月12日)。次の本の題材としてヘブン邸にスズムシや書物を持参したところ、邸内からトキの祖父・松野勘右衛門(小日向文世)の怒声が聞こえてきた。

 トキが熊本行きをどうしても納得しないことから、勘右衛門はヘブンに向かって「本当のことを話せ! おまえ、ウソが嫌いなんじゃろ!」と叫ぶ。ヘブンはトキに本音を打ち明けた。

 それを立ち聞きしていた錦織は二重三重にショックを受けたはず。まず親友でありながらヘブンの本音を分からなかったこと。生徒にウソを吐きたくないため、ヘブンを松江に留まらせようと躍起になったせいもあるだろう。それでいてヘブンの胸の内を察することが出来なかった。錦織は自己嫌悪に陥ったのではないか。

 2つ目は勘右衛門の「おまえ、ウソが嫌いなんじゃろ!」という叫び。堪えただろう。ヘブンのウソ嫌いは錦織ももちろん知っている。それなのに自分は過去の粉飾というウソを最後まで吐き通そうとしている。自責の念に駆られたはずだ。

 錦織はヘブンにも生徒にもウソをもう吐きたくなくなったから、江藤に校長就任の辞退を申し出たと見る。だから生徒たちへの説明時も淡々としていた。憑き物が落ちたようだった。

 生徒から校長に就かない理由を問われると、帝大を出ていないこと、英語の教育資格もないことを挙げた。「そんな男が校長になれるわけがない」。最後まで冷静だった。

 江藤は錦織に教師をやらせることを「危ない橋を渡る」と考えていたくらいだから、渡りに船だっただろう。庄田という人材も得ている。

 錦織の生徒への説明のあと、ヘブンはうろたえる。錦織に「私のせい?」と尋ねる。だが、錦織は即座に「いいえ」と否定した。それでもヘブンが詫びると、「いいんです。いつかこうなると思ってましたから」と静かに語った。ウソはいつかバレる、そう思い続けていたのだろう。

 あきらめないヘブンは江藤に校長就任を頼みに行こうと促すが、錦織は固辞する。「そんなことじゃないんで」。本心だろう。錦織はウソを吐いてきた自分に嫌気が差したのだ。やはり校長は自分から辞退したと読む。

 ヘブンが熊本へ発つ日が来た。船着き場でヘブンの目は誰かを探していた。錦織に違いない。しかし体調不良で来ないという。トキは家に行こうとするが、ヘブンは「大丈夫、もう別れしました」と止めた。確かにこれ以上、話す言葉はないはず。錦織の傷心を癒やし、心を整理するのは時間しかない。

 そのとき、錦織は自宅でヘブンの書いた「日本滞在記」を読んでいた。ヘブンが「錦織さんのお陰で書けた」と言い、誰よりも早く渡された本である。松江中という拠り所を失った錦織にはこの本が全てなのだ。

 直後に錦織は吐血した。結核だろう。第87回で石をぶつけられたトキが額から流した血と、錦織の血。この物語の赤色は酷く悲しい。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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