「中道は来年には分裂」 党関係者が証言 小沢一郎氏が予見していた大惨敗の理由とは

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 まさに死屍累々である。選挙互助会的に立憲民主党と公明党が糾合して結成された中道改革連合。しかし、小選挙区での獲得議席はわずか7議席。全体でも49議席という大敗に、党内部や支持母体からは怨嗟の声が噴出している。

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 中道の野田佳彦共同代表(68)は2月9日未明、責任を問われて、

「万死に値する」

 と声を絞り出したが、そう言わざるを得ないほど惨憺(さんたん)たる結果だった。議席は公示前の167から3分の1以下に激減。小沢一郎氏(83)を筆頭に安住淳共同幹事長(64)、枝野幸男氏(61)、岡田克也氏(72)ら立民出身の幹部が軒並み落選した。

 政治部デスクが言う。

「8日、惨敗を見越して中道の開票センターでは、恒例の花付けが中止になりました。また、安住氏が21時台に応じる予定だった中継でのインタビューを直前でキャンセル。説明を求める記者と党の職員がもめるなど険悪な雰囲気が漂いました」

 旧公明の候補者は、比例上位に回ったため28人全員が難なく当選したが、

「旧立民の候補者は比例下位の処遇で大半が復活はできませんでした。旧公明に食い物にされただけだと皮肉る声もあります」(同)

 ただし、落選者の中で馬淵澄夫共同選対委員長(65)は事情が異なった。

「馬淵氏は選対委員長の特権を使い、近畿ブロックで旧公明議員に次ぐ6位に単独で重複立候補していたのです。党内からは大ブーイングが起きました。ところが皮肉にも近畿ブロックは5議席を獲得するにとどまり、結局はほかの立民出身候補者と同じく落選の憂き目に遭ったのです」(同)

 中道関係者が明かす。

「小沢氏は、こうなることを予見していました。中道が結成される直前、安住氏が説明のために小沢氏の事務所を訪れたんです。氏に“代表は誰なんだ”と尋ねられ、安住氏は“野田と斉藤鉄夫(74)です”と答えた。それを聞いた瞬間、小沢氏は絶句し、会話はそこで途切れたそうです。後日、氏は“(中道の代表が)あれではダメだな”と漏らしていたといいます」 

「公明票が、のどから手が出るほど欲しかったのでしょう」

 実際、中道の設立会見で壇上に並んだ野田・斉藤両共同代表ら五人は、携帯電話の5Gになぞらえて「5爺」と揶揄された。中道支持者からは「代表のうち一人が女性なら、まだマシだった」という声も上がる。

「小沢氏はかつて新進党結党時には海部俊樹元首相(当時63)を代表就任に導くなど、せめても新しい顔づくりに腐心した。だからこそ、代わり映えのしない顔では失敗すると考えたのでしょう」(前出の中道関係者)

 一方、政治アナリストの伊藤惇夫氏は中道の敗因についてこう分析する。

「比例代表では旧公明を全面的に優遇しましたよね。政策面でも原発や安全保障を巡って旧公明の路線に歩み寄り、結果として旧公明主導と受け取られてしまった。これにより、立民を支持していた一部のリベラル層が離れた側面は否定できないでしょう。さらに、宗教団体を母体とする旧公明への拒否感から、無党派層が距離を置いた可能性もあります」

 だが、野田氏、安住氏ら旧立民執行部はそうしたリスクを織り込んでいたはずである。

「それでも合流へと突き進んだのは、1選挙区で1万~2万あるといわれる公明票が、のどから手が出るほど欲しかったのでしょう」(同)

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