“笑える”朝ドラから一変 「ばけばけ」が描き始めた“人間の見苦しさ” 世間の目、引け目、嫉妬心
人間の本質とは何か
脚本のふじきみつ彦氏(51)は早稲田大学在学中からNSC(吉本総合芸能学院)でお笑いを学び、のちに大物劇作家・別役実氏に師事した。コミカルな作品を得意とするが、笑わせるだけでは終わらせない。人生の機微を考えさせる作品が多い。
これを見て、島崎藤村の小説『破壊』を連想した。1906年に出版され、時代を超えて読み継がれている不朽の名作であり、2022年には間宮祥太朗(32)主演で3度目の映画化が行われた。「ばけばけ」と同じ明治時代が舞台の物語である。
主人公は小学校の青年教師・瀬川丑松。人格円満で指導熱心。申し分のない教師だった。ただ1つ隠していることがあった。謂われなく不当な差別を受ける地区の出身だったことだ。
丑松はこの秘密を明かさぬよう親族から厳命されていた。だが、隠すのは苦しい。もとから謂われなきことでもある。ついに丑松は生徒らに告白する。そして学校を去る。
生徒たちはひたすら別れを惜しんだ。偏見のない生徒たちは世間の目に組み込まれていない。丑松は良い先生でしかない。退職後の丑松がひとまず向かった先も東京だった。
丑松が抱えていた「秘密」と錦織の「秘密」は、もちろんその質も深刻さも大きく異なるので単純に比較することはできないが、教師という立場にありながら生徒に言えないことを抱え、それを告白すべきか否かで苦悩する様子は、共通していると言えよう。
錦織も生徒たちに秘密を打ち明けたが、優秀で頼りがいのある教師だったことに変わりはない。ヘブンと親友であることも動かない。変わるのは世間の目だけである。ふじき氏は人間の本質とは何かと静かに問い掛けている。
錦織に非があったとすると、ヘブンに友情以外の思いを抱いてしまったこと。第91回(2月9日放送)の錦織はヘブンの書いた「日本滞在記」を読み、口元を緩ませる。
「文学的にも気の合う親友である」
ここまでは微笑ましかったが、直後に弟の丈に向けた言葉あたりから逸脱が始まった。
丈から「兄貴と同じ帝大に行きたい」と告げられると、既に江藤から校長就任の内示を受けていたため、「オレとヘブンさんが帝大に連れて行く」と豪語する。ヘブンの能力と知名度に期待した。
錦織は無意識のうち、親友のヘブンに利用価値めいたものを見出してしまった。丈は錦織に言われた通り、ヘブンに「帝大へ連れて行ってください」と頼む。ヘブンは困った顔になり、「私、連れて行くの違う。がんばれ」と逃げ出した。ヘブンの言う通りである。
ヘブンが熊本行きを決意したあとの第92回(2月10日)、錦織は江藤に向かって「ラシャメン騒動は過去のもの」と断じる。ヘブンの精神状態は松江に来てから一番安定していると胸を張る。
ところが江藤からヘブンが熊本の第五高等中学に転任を希望していると知らされ、血相を変えた。ヘブンから理由を「松江は寒い」と聞くと、毛皮やマキ、布団などを大慌てで用意した。
錦織は親友でありながら、ヘブンが熊本行きを希望する本当の意図に気付かなかった。転居の理由はトキを世間の目から解放することである。錦織が打算的な目でヘブンを見てしまうようになってしまったから、胸中を察することが出来なかったのだろう。
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