帰宅すると人の気配…部屋にいるのは恋人?それとも… 20代女性が意図せず送っていた「同棲生活」の相手とは【川奈まり子の百物語】

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信じてほしかった

――あの日、鍵を開けっぱなしでマンションを出てから一週間が過ぎていた。再び日曜日になり、新しく恋人になった先輩デザイナーについてきてもらって自宅マンションに戻ってみると、玄関に鍵が掛かっていた。

 彼女は元彼を思い浮かべた。彼は合鍵を持っている。彼が来て鍵を掛けたのだろうと推測した。

 室内に入ってみたところ、意外なことに、寝室のベッドは彼女が最後に整えたときのままで乱れが無かった。彼が来たにしては奇妙だ……と思っていたら、ダイニングキッチンの床一面に陶器とガラスの破片が飛び散っていた。

 食器がことごとく叩き割られていたのである。

 それを見て衝撃を受け、彼に電話をかけたというわけだった。

 この話をして「あなたがやったわけじゃないでしょう?」と彼女が訊ねると、彼はかぶりを振って否定した。

「やってない! それどころか、俺はリエの家に行っていない!」

「じゃあ、あの部屋に棲んでいる幽霊が中から鍵を掛けたんだわ」

「……幽霊なんて信じられないよ」

「幽霊を信じなくてもいいから、私の言うことは信じてほしかったな。話を聞いてほしかったよ。でも、もう終わりだよ」

 そう告げて、リエさんは学生時代からの彼との長い交際に終止符を打った。

 それからは、新しい住まいを探しつつ、先輩デザイナーの家に居候を決め込んでいたが、しばらくすると部屋探しをやめた。

 先輩と職場で公認の仲になってしまい、向こうの親にも受け容れられて、今度こそ本当に結婚する運びになったからだ。

 あの部屋を維持する必要もなくなった。

激動の半年

 いつのまにか、名古屋に来てからおよそ半年が経っていた。

 音楽活動をしている彼を追い駆けてやってきたつもりが、まさか、こんなことになるなんて……と、彼女自身も呆れるしかない経過を辿った。

 例の部屋を解約して、とある土曜日に引き払い、日曜の朝、先輩あらため婚約者とテレビをだらだらと眺めながら適当にザッピングしていたら、見覚えのあるマンションの建物が、突然、画面に映った。

 ローカル局のニュース番組だった。

 間違いなく、昨日、荷物を運び出したばかりのマンションだ。

 彼女が住んでいた4階の角部屋の辺りが黒煙に包まれ、窓から炎が吹き出している。
 
 聞けば、火もとは上の階のようだということだったが、その真下に当たるあの部屋も延焼してしまったか……。

 リエさんは「自分の部屋を原色で彩ったちょっと変わり者の元オーナーが、幽霊になっても棲んでいたのでしょうね」とおっしゃっていた。

「当時は幽霊にまでモテました」と言って笑っていたけれど、件の先輩デザイナーとも結婚したものの離婚してしまったそうだし、人生はとかくままならないものだ。

―――
記事前半】では、美大生のリエさんが浮気男と出会って、名古屋の奇妙なマンションに住むまでの出来事が語られる

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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