「30歳を超えても衰えを感じさせず…」 元幕内・戦闘竜、粘り強く戦った15年【追悼】
物故者を取り上げてその生涯を振り返るコラム「墓碑銘」は、開始から半世紀となる週刊新潮の超長期連載。今回は1月29日に亡くなった元幕内・戦闘竜(せんとりゅう)を取り上げる。
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戦後初のアメリカ本土出身力士
肩から胸にかけムキムキと盛り上がった筋肉。弾丸のような突進力で圧倒する猛烈な突き、押し。大相撲の元幕内、戦闘竜は強い印象を残す力士だった。
相撲ジャーナリストの大見信昭さんは振り返る。
「身長は176センチと小柄。体格を補うための、けれん味に走らず、相手の懐に飛び込んでいく正攻法の相撲でした。戦闘竜は父の故郷アメリカのセントルイスに漢字を当てたしこ名。本人は穏やかでしたね」
1969年、東京生まれ。父はアメリカ空軍に所属し、立川の基地に勤務。母は日本人だ。本名はヘンリー・アームストロング・ミラーで6歳まで日本で育ち、セントルイスへ。高校時代はアメリカンフットボールで活躍。将来のプロ入りは確実とみられていたが、左膝じん帯を断裂した。
失意の底、鍛えた体は相撲で通用する、と母方の親戚に勧められ、単身で来日、友綱部屋に入門した。88年名古屋場所で初土俵。
アメリカの力士といえば、高見山(64年初土俵)、小錦(82年初土俵)、曙(88年初土俵)のようにハワイ出身。アメリカ本土の力士は戦前に日系2世がいただけで、戦闘竜は戦後初と話題になる。初の黒人力士とも呼ばれたのは、父のルーツによるものだ。
仲間以上の信頼のきずな
88年秋場所で序ノ口優勝。年齢、初土俵の年、母国が共通する曙を意識していた。
「順調に番付を上げる曙に対し、戦闘竜はアメフトで負った膝のケガに悩まされた」(大見さん)
6年を要して94年九州場所で新十両に昇進。
「友綱部屋の雰囲気が合っていた。親方(元関脇の魁輝)は温厚で面倒見が良い。部屋でほぼ同期の魁皇(元大関、現在の浅香山親方)との間に仲間以上の信頼のきずなが生まれた。稽古で魁皇の胸を借りて鍛えられ、あきらめずに上がってこい、と励まされた。海外出身力士への風当たりが今より強い時代に“気は優しくて力持ち”な魁皇の人柄にも助けられた」(大見さん)
十両から陥落しても4年以上をかけて返り咲く。2000年名古屋場所で初入幕。初土俵から12年がたっていた。03年九州場所で引退。最高位は前頭十二枚目で幕内在位は3場所限り。
「30歳を超えても衰えを感じさせなかった。印象に比べ大きな実績は残していませんが、15年間も粘り強く戦った」(大見さん)
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