“KY”の2文字が刻まれた革製トランクから「クビを斬られた男の胴体」…日本初のバラバラ殺人事件「鈴弁殺し」の“かつて例のないほど無残”な犯行

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お歯黒どぶに浮かんだ遺体

 新しいタイプの犯罪は全国に模倣犯を呼び込む。「鈴弁」事件以降、殺人で遺体を処理する際に解体する事件が相次いだ。そんな中、初めて「バラバラ殺人事件」という言葉が公式に使われた事件が、鈴弁事件から13年後の昭和7(1932)年に起きる。

「お歯黒どぶ」といえば、もとは吉原遊郭のまわりを取り囲むようにできていた側溝。遊女たちが逃走するのを防ぐために設けられたというが、彼女たちが毎日、そこでお歯黒を落として流すため、すっかり水が黒くなり「お歯黒どぶ」と呼ばれるようになったという。

 だが、かつての「玉の井」(現在の東京・墨田区東向島)の遊郭にあった「お歯黒どぶ」は、水が黒色でも、ごみや動物の死骸などが捨てられる、きわめて汚い側溝だった。昭和7年3月7日午前9時ごろ、お歯黒どぶの横を歩いていた少女が下駄を落としてしまい、親が棒を手にどぶの中をかき回したところ、ひもで縛られた包みが浮かんできた。しかも、どぶをかき回したことで、黒い水に血のような赤い色が混ざり始める……。

 驚いた親子が近くの交番に通報、警察官が包みを開けてみると、首と両手を切断された人間の上半身の遺体が出てきた。すぐに付近を捜索し、どぶさらいをすると2つの包みを発見。両足を切断した腰から下腹部、さらに頭部が発見された。警視庁捜査第1課の調べで、遺体をくるんでいた紙はハトロン紙で、3つの包みは同一人物、30歳前後の男性との解剖結果が出る。泥水のしみ込み具合から、遺棄されたのは、発見の前日ではないかとの推定も出た。しかし――。

 指紋採取のために必要な手足部分が発見されていない。また、頭部は鈍器のようなもので激しく殴打されていたらしく、人相も変わっていることが想定されたことから、被害者の身元の特定は困難を極めた。

 それでも、被害者の顔には「富士額に八重歯」という特徴があることをもとに、現場付近で行方不明者や家出人がいないか、聞き込み捜査も展開されたが、有力な情報は浮かんでこなかった。

「手も足も出ない」

〈この間、新聞各紙は競い合うように事件を報道した。毎日新聞の前身、東京日日新聞は「特徴は八重歯」と死体の八重歯の写真まで掲載。ライバル紙の東京朝日新聞は、手足と腹がなかなか見付からなかったため、「手も足も出ない 犯人捜査」という駄じゃれを使った見出しの記事を載せたりもした。〉(前掲書)

 被害者の身元も特定されず、捜査陣は困惑――まさに犯人の思惑通りの展開となっていったが、この事件から正式に「バラバラ殺人事件」という呼称が一般化することになる。

〈実は「バラバラ」を最初に使ったのも朝日で、第一報から「首と手足バラバラ 男惨殺体現わる」と記した。毎日は「八つ切り死体」、他紙も「八つ裂き」「こま切れ」などと呼んでいたが、捜査が長引く間に「バラバラ」に統一された。(略)警察も採用、以後は「バラバラ事件」の呼び名を使い出した。この事件は「警視庁史」に初めての「バラバラ事件」として登場している。〉(同)

 迷宮入りかと思えたこの事件。意外な端緒から被害者の身元が判明、一気に解決へとつながっていくことになる。

【第2回は「『オレはヘマはしない。見つかる心配はない』…25歳の殺人鬼がたどり着いた“恐ろしい結論” 完全犯罪が崩れた『隅田川で発見された証拠』とは」】

デイリー新潮編集部

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