「打たれた桑田の肩を抱いて…」人徳にあふれた元巨人軍監督「藤田元司さん」 優勝する年、試合中のチームに起きる不思議な出来事とは

  • ブックマーク

 80年代から90年代初頭までに巨人の監督を2期務め、リーグ優勝4回、日本一2回という輝かしい成績を残した人物といえば藤田元司さん。1931年に愛媛で生まれ、大学時代は東京六大学野球で活躍。社会人野球を経て巨人軍に入団し、リーグ優勝と日本一に貢献した名投手だった。

 藤田さんが74歳で死去したのは2006年2月9日のこと。“人徳”を物語る逸話に事欠かないといわれた藤田さんだけに、多くの人がその死を悼んだ。20年目の命日にあわせ、高校時代の同級生だった元プロボクシングの東洋チャンピオン、三迫仁志さんや野球評論家の佐々木信也さん、チームメートだった広岡達朗さんらの言葉でその生涯を振り返る。

(以下、「週刊新潮」2006年2月23日号「墓碑銘」を再編集しました)

 ***

逆転負けで選手に謝罪

「桑田(真澄)がボコボコに打たれた時、マウンドに行って肩を抱いて降りてきたのが印象に残っている」と、慶大で同級生だった野球評論家の佐々木信也氏が述懐する。

「選手も、この次こそ、と思うでしょう。選手ってそんなにかわいいもんかい? と聞いたら、かわいいなんてもんじゃない、と言っていましたよ」

 藤田元司さんの“人徳”を物語る逸話には事欠かない。平成元年には、先発の斎藤雅樹を降ろして逆転負けを喫すると、「投手交代が間違っていた。すまなかった」と謝り、次の登板では斎藤を代える気配もみせず、“ノミの心臓”に11連続完投勝利の日本記録を遂げさせた。

 だが、少年時代は、喧嘩や煙草が原因で、中学に1年、高校に1年よけいに通ったほどの、名うての悪がきだったという。

大学2年で“マウンドの紳士”と書かれ

「もっつぁん(藤田さんの愛称)は、仲間がやられたり、相手が乗り込んできたりすると、加勢した。正義感や義侠心が強くて、気性の荒さも凄みもあったよね」

 と言うのは、愛媛県・西条北高校の同級生で元プロボクシングの東洋チャンピオン、三迫仁志氏である。野球評論家の有本義明氏は、かつて三迫氏から、「(藤田さんが)ボクサーになっていたら、自分以上に強くなっていただろう」と、聞かされている。

「藤田さんが人の気持や痛みがわかるようになったのは、高校時代にやんちゃで、反省する材料をたくさんもっていたからだと思う」と、有本氏。前出の佐々木氏によれば、大学2年の時、藤田さんが大きく変わった出来事があったという。

「立教戦で藤田は好投したのに、ショートの私が満塁でトンネルして負けた。それなのに慰めてくれて、そうしたら翌日の新聞に“マウンドの紳士”と書かれた。不良っぽかった男が、それから人が変わったようになりましたね。マスコミが人を育てたのかな」

次ページ:「気遣いの人」がなめた苦汁

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。