「ファイアー、ヘルプミー!」 都心の超一等地「ホテル・ニュージャパン」を襲った業火…消防への通報まで「空白の24分間」が生じた理由
この冬も全国で火事が相次いでいる。大規模な山火事や一般家屋、あるいはサウナ内の火災で犠牲者が出る事例もあった。乾燥するこの時期はとにかく火の元に要注意である。「マッチ一本、火事のもと」という戒めは決して誇張ではなく、微小火源が大規模火災に発展し、多くの犠牲者を生む事例が起こっている。昭和57年2月に発生した「ホテル・ニュージャパン火災」もその一つ。しかも、対応した東京消防庁と警視庁にとって、翌日も大規模な現場が展開される2日間となる。(全3回の第1回)
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第一通報者は通行人
昭和57年2月8日、午前3時39分10秒――。稲城市と東久留米市を除く東京都内を管轄(注・現在は東久留米市も管轄)し、世界最大級の消防本部である東京消防庁の災害救急情報センターに一本の電話が入った(以下は、東京消防庁警防部の記録による)。
「消防庁、火事ですか? 救急ですか?」
「火事ですけど、ここは港区赤坂二丁目……番地はわからないけどホテルみたいよ。ホテル・ニュージャパンの4、5階ぐらい。通りがかりだからよくわからない」
発話者は男性。架電箇所は、千代田区永田町二丁目にあるホテル・ニュージャパンの筋向かいにある銀行(外堀通りを挟んだこの場所は、赤坂二丁目だった)前の公衆電話だった。ただちに火災第一出場(注・消防では「出動」とは言わず「出場」とする)指令が行われ、指揮車(Y)隊、ポンプ車(P)隊13隊、はしご車(L)隊4隊、特別救助(R)隊2隊、救急(A)隊1隊などが行動を開始している。
初報から10秒後の同3時39分20秒、第2報が寄せられた。
「ホテル・ニュージャパンが火事です。住所は分からないが、僕は(ニュージャパンに隣接する)宿舎の者です。助けを求めている人がいます」
その30秒後……ようやく当のホテル・ニュージャパンからの通報が入る。時間は同3時39分50秒。初報からは40秒。1分も経っていないと思うかもしれないが、多くの被害者が想定される大規模建物火災では、数十秒は大変なロスである。
「火事なんです、ホテル・ニュージャパンです。9階で火事が発生しました。住所は……」
司令員は声を荒らげた。「お客さんにすぐに避難するように指示してください!」。この通報により、同3時42分、出場全隊に火点階の訂正を指示している。4380平方メートルを焼き、死者33名(5か国)、負傷者34名(同)、消防職員の負傷者7名を出した未曽有の火災は、どのようにして起こったのか……。
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