無実の自衛官たちはなぜ「人殺し」にされたのか 「日航機撃墜説」に海自の元最高幹部が“徹底反論”した理由

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機内写真に写った「ミサイル」の正体は?

 いわれなき冤罪を晴らそうとする真殿氏の執念は凄まじい。著作では、まず、撃墜の“主犯”とされている護衛艦まつゆきのアリバイを立証する。情報公開請求によって、今まで存在すら知られていなかったまつゆきの『建造経歴書』を初めて入手し、事故当日に同艦が相模湾に存在しなかったことを明らかにしたのだ。また、当時のミサイルや標的機の種類、色、性能などを細かく解説した上で、まつゆきがそれらを発射することは物理的に絶対不可能であった事実を淡々と論証する。

 次いで、検証に着手したのは、乗客の遺品の機内写真に写った“黒い物体”の正体だった。撃墜説を信じる人々が「日航機に向かってくるミサイルだ」と主張するこの黒い物体は、いったい何なのか。真殿氏はプロの写真家に協力を仰ぎ、まったく同じ機種のカメラとフィルムを入手して、事故当時の機内環境などを再現、同じ構図の写真を撮影した。その結果、写真に写った物体がミサイルではないことを証明できたという。

「陰謀論の根拠とされている目撃証言についても、ひとつひとつ厳密に信憑性を検証しました。当日の気象データや航空機の高度・速度などの科学的証拠と突き合わせると、明らかな矛盾が多い。私の本を読んだ後では、もはや誰も撃墜説など主張できなくなるでしょう。不毛な論争を終わらせるために、徹底的に反論しました」

陰謀論を放置してきた学界とマスコミの罪

 海上自衛官といえば船乗りのイメージが強いが、真殿氏自身は飛行機乗りである。航空力学や機体の構造、気象、関連法規、パイロットの心理に精通している。だが、むしろそれゆえに、陰謀論が生まれた背景もある程度は理解できるのだという。

「もちろん撃墜説などは荒唐無稽ですが、実は航空業界のプロの間でも、事故調査委員会の結論に納得できないという人はいるんです。事故調が発表した墜落原因は『修理ミスによる後部圧力隔壁の破断』ですが、機内で急減圧が起きていないのはなぜか、パイロットが酸素マスクを着けなかったのはなぜか、といった疑問は、確かに合理的な問いです」

 真殿氏はこれらの疑問についても、ベテラン搭乗員としての経験に基づき独自の仮説を持っている。その詳細については真殿氏自身の著作に譲るとして、最後に、読者に最も伝えたいことを聞いた。

「何も悪いことをしていないどころか、命懸けで救助に向かった自衛官たちが、何の証拠もなく殺人者呼ばわりされている。そうした言説が多くの国民に広まってしまった。その責任の一端は、アカデミアやマスメディアの人々にもあるのではないでしょうか」

 真殿氏は、2000年に毎日新聞のスクープで発覚した「旧石器捏造事件」を例に挙げる。考古学研究者のF氏は、1970年代以降、それまでの歴史研究を大きく塗り替える石器を次々と発見していた。だが、それらはすべてF氏が自分で埋めた偽物だったとわかり、日本中を仰天させた。いわゆる「神の手」事件である。

「実は、当初からF氏の発見に疑問を投げかける研究者は多かったそうです。でも、あまりに画期的な発見を前に、そうしたプロフェッショナルの声はかき消された。学界もマスコミもF氏のセンセーショナルな新説に飛びつき称賛していた。日航機の悲劇を、そのような形で歴史捏造の対象にしてはいけないと思います」

 青山透子氏の著作は、全国学校図書館協議会の選定図書や、本屋大賞ノンフィクション部門の最終候補作に選ばれていた。また、プロフィールによれば、青山氏は東京大学大学院で博士号を取得したという(何の研究をしていたかは不明)。

 どれほど馬鹿げた陰謀論であろうが、学者やジャーナリストがその都度きちんと声を挙げて反論しなければ、刺激的な情報ほどあっという間に拡散してしまう。その恐ろしさは、SNS時代の今ますます深刻なものとなっている。

真殿知彦(まどの・ともひこ)
1966年、千葉県生まれ。89年に防衛大学校を卒業後、海上自衛官に任官。2002年に筑波大学大学院地域研究研究科修士課程を修了。その後、アジア太平洋安全保障研究センター(ハワイ)、NATO国防大学(ローマ)の課程修了。第二航空群司令、海上自衛隊幹部学校長、海上幕僚副長、横須賀地方総監などを歴任。25年12月に退官。

デイリー新潮編集部

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