「これが最後のステージになるかもしれない」 ステージ4「肺がん治療」を続ける山川豊が明かした“歌える喜び”

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 今年の2月でデビュー45周年を迎えた歌手の山川豊(67)が、ステージ4の肺がんを告知されたのは2023年10月だった。まったく予期せぬ突然の告知だったという。人生で迎えた最大の壁を、どうやって乗り越えてきたのか。(全2回の第2回、文中敬称略)

突然の宣告

「これは絶対に肺がんです」

 2023年10月、かかりつけ医から突然、こう告げられたという。

「定期的に胃と腸の内視鏡検査を受けている病院が近所にありました。2022年は腸を検査して翌年は胃でした。実はその時、担当の先生が胃と腸だけでなく、血液の腫瘍マーカー検査もしてくれていたんです。そうしたら、22年は8だった数値が、翌年は78になっていました。担当の先生は、胃と腸の検査結果から、関連があるのは肺がんではないかと指摘されたんです」

 タバコは吸っていた。だが、それまで体調に特に変化はなく、どこか具合が悪いところもなかったが、病院で詳細な検査を受けた2週間後、改めて病院にいき、肺がんのステージ4と、脳と脊髄への転移を告知された。

「60年以上の人生で、最大の壁ですよ。がんと言われて思い当たることは……あるとすればストレスでしょうか。告知までの数年間は、独立して個人事務所を立ち上げて、レコード会社も移籍。プライベートでもいろいろあって、コロナ禍もありました。自分では大丈夫と思っていても、相当なストレスがあったのかもしれません。人生の中で、色々な問題が一気に集中していた時期でしたから。あとで知ったのですが、ステージ4まで進んでいても、自覚症状がまったくないという人はかなり多いそうです。だから読者のみなさんに強く言いたいのは、『毎年、必ず健康診断を受けてください』ということ。血液検査を受けるだけでも有効です」

 頭部へ転移したがんは、放射線で焼く治療を行った。頭部の型を取り、それを全面にはめられたまま一切、動くことができない。

「ミリ単位で計算されていますから、1時間じっとしていないといけないんですが、とにかく苦しいんですよ。閉所恐怖症の人にはたまらないかもしれないですね。それで、頭の方はなんとかなったのですが、肺のがんは手術できないので、化学療法(抗がん剤)で治療することになりました。幸い、この薬が僕には合いまして、がんは消えてはいませんが大きくも小さくもならず。薬が効いているようです」

 さすがに「ステージ4」と言われた時は、もうダメかという思いと共に、「これで歌えなくなってしまうのか……」という気持ちも強くあったという。そして、抗がん剤治療による副作用も決して楽なものではなかった。

「シャツのボタンがとめられないんです。指の先端、まさに指先にひびが入って割れてしまうんです。指の先端は神経が一番、集中しているところだけに痛くて痛くて。風呂に入っても頭はもちろん、体も洗うことができません。それから、体中にニキビのような発疹ができるのですが、これも痛くて……。口内炎も5つくらい同時にできるし、突然の下痢もあります。歌う直前に来たりすると、これも辛い。1時間くらい、トイレから離れられなくなりますから」

 そんな山川に、前を向くきっかけを与えてくれたのが、同じくがんで闘病中の親友だったという。

「僕の友だちは大腸がんや喉頭がんを患い、抗がん剤の副作用で髪の毛がすべて抜けてしまったこともありました。その友だちがよく言っていたことを思い出したんです。“それでも俺は、とにかく食っていたぞ”と。抗がん剤治療では、慢性的な気持ち悪さから食欲が失せるんですが、食べないのは絶対にダメだと。吐きながらでも食べろ、俺はウナギを食っていたと。それで僕もいくら口内炎ができても、卵と山芋をすりおろしてご飯にかけ、流し込むようにして食べました。辛いことから逃げてはダメなんですね。食べないとどんどん痩せていくだけですから」

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