「なぜ受賞と同時に兄が現れたのかいまでも不思議です(笑)」 歌手・山川豊が「デビュー45周年」で語る「伝説の新人賞」ウラ話

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 歌手の山川豊(67)が、今年の2月でデビュー45周年を迎えた。2023年10月にステージ4の肺がんがわかり、脳と脊髄への転移も判明。治療を続けながらの節目の年となり、改めて“歌手になってよかったと思うことは何か”と問うと「ステージに立って歌えること。この嬉しさは何にも代えられない」という。がん闘病だけでなく、決して順風満帆ではなかったというこれまでの歌手人生を振り返ってもらった。(全2回の第1回、文中敬称略)

よくここまで来たな……

 抗がん剤治療を続けながら、毎月の検査を欠かさない山川だが、2月4日、45周年を記念するシングル「駅」がリリースされた。1981年のデビュー曲「函館本線」から47枚目。カップリング曲の「あんたのことが…」と共に、山川本人が作曲している。

「スタッフから、作曲は誰に頼むかと聞かれたときに、私にやらせてくださいとお願いしました。かず翼さんが書いてくださった、冬の駅での男女の切ない別れの場面を描く詞を読んだとき、真っ先に高倉健さん主演の映画『駅 STATION』が浮かんできました。それから何度も『駅 STATION』を観て、イメージを膨らませていきました」

 1981年に公開された「駅 STATION」は、北海道を舞台に警察官の主人公(高倉)の様々な人間模様を描く。劇中で八代亜紀の「舟唄」が効果的に使われていることでも知られる。

「おおみそかに紅白を見ながら、健さんと倍賞(千恵子)さんが飲み屋で『舟唄』に聞き入る場面、駅のホームに立ち尽くす健さんの姿……この時、どんなことを考えているんだろう、何を思って立っているんだろう……いろいろと考えました。かずさんのドラマチックな詞のおかげで、聴く人の気持ちがすっと入っていける曲になったと思います。アレンジャーの方にも、イントロは『駅 STATION』を観てイメージしてほしいとお願いしました」

 あらためて詩に意識を置きながら曲を聴くと、「駅 STATION」の劇中で、電車内やホームに立つ高倉の様々な場面を思い出す人もいるかもしれない。記念となる年に相応しい曲だが、改めて、これまでの歌手人生を振り返ってもらうと……。

「よくここまで来られたな……それが正直な気持ちです。今までの人生、多くの壁や山がありました。それを乗り越えるのは一人では無理。本当にたくさんの人に支えられて、今の自分があると思っています」

 多くの壁や山……具体的にはどんなことだろう。

「誰でも人生には大変な時期ってありますよね。順調にきているつもりなんだけど、もう少し上に行こうというところで妙に“辛いな”とか、“調子が変だな”とか。でも、そこを乗り越えていかないと次へ進めないんですよね。僕のような歌手にとって、歌がヒットするかしないかは一番、気になることです。当然、ヒットに恵まれない時期もありました」

 1981年デビューの山川は86年、歌手ならば誰もが夢見るNHKの「紅白歌合戦」に初出場を果たした。だが、翌年の出場はかなわなかった。

「間もなくデビュー10周年を迎えるんですが、この頃に僕は最初の壁にぶち当たりました。90年に『しぐれ川』という曲を出しましたが、この曲が売れなかったら歌手を辞める決意をしたんです。私はこの曲にかけています、だから自分が納得できるまで、とことんまで歌わせてほしいと。すでに新人賞をいただいていますし、紅白にも出ていますが場所がスナックであろうとかまわずに、とにかく歌い続けました」

 その執念が実を結んだのか、92年のシングル「夜桜」で同年の紅白復帰を果たす。実はこの間、山川のデビュー翌年に同じ道を歩み始めた兄の鳥羽一郎(73)は紅白に4回出場していた。

「僕の場合、兄も同じ歌手ですからね。何かとよく比較されました。精神的にも肉体的にもダブルパンチでしたが、とにかく今をどうするか、それだけを考えて、自分にできることは精一杯やりました。もちろん、一人では何もできません。多くの方に支えられて、そうした壁や山を乗り越えてきたんです」

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