「なぜ受賞と同時に兄が現れたのかいまでも不思議です(笑)」 歌手・山川豊が「デビュー45周年」で語る「伝説の新人賞」ウラ話
伝説の「新人賞」
鳥羽とのエピソードでは、今でも語り草になっている出来事がある。1981年の「日本歌謡大賞」で、山川が「優秀放送音楽新人賞」を受賞した時のこと。受賞発表と同時に、鳥羽(当時はまだデビュー前)が突然、ステージの上に現れ、山川と共に受賞を喜んだのである。
「あれは木村家(山川の本名)の七不思議なんですよ(笑)。どうやってステージに上がったか、実はいまだに兄も言わないんです。おそらく、ずっと本当のことは言わないんじゃないかな(笑)。それでも、どうやって入ったんだろう……。会場の入り口、会場内に入るところ、そしてステージの前と、警備員がびっしりいましたからね」
当時の鳥羽は、作曲家・船村徹の内弟子としてデビューを待つ身だった。行きつけの六本木のお好み焼き屋に入ると、店の人から「弟さんが新人賞にノミネートされているよ」と教えられ、テレビを見た。優秀賞を獲れるかどうかはわからないものの、いてもたってもいられず、武道館へ駆けつけたのだという。
「あらかじめ会場には、僕も含めてすべての歌手の両親がいました。誰が獲るのかわからないから、ノミネートされた歌手の両親は招待されていたんです。それで、優秀賞は『山川豊さんです!』と言われた瞬間に、会場にはいないはずの兄がステージに上がってきたものだから、僕もびっくりですよ(笑)。受賞と同時に上がってくるなんて、てっきりテレビの演出かと思ったぐらいです(笑)」
今となっては楽しい思い出ではあるものの、後に鳥羽は船村氏からこっぴどく叱られたという。波乱万丈の山川の歌手人生だが、その最大の壁は、がん告知だった。
【第2回は「『これが最後のステージになるかもしれない』 ステージ4『肺がん治療』を続ける山川豊が明かした“歌える喜び”」予想もしなかったがん告知と闘病生活のすべて】






