フルリモートの社員が実は「工作員」だった! まるでSF映画のような本当の話(古市憲寿)

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 リモートワークが当たり前になった。中には実際に会わずに仕事を依頼する場合もあるだろう。特にプログラマーなどパソコン上で完結する仕事なら、フルリモートの社員を採用するのは合理的に思える。

 面接はリモート、普段の業務はSlackやZoomでやりとりをする。仕事は早いし、技術力は抜群。少しアクセントに特徴はあるけれど、腕は確か。実際、その人物には完璧な履歴書があった。有名大学を卒業し、大手IT企業での勤務経験もある。言葉は少し不自然なところもあるが、基本的には流ちょうに話せる。

 そんなふうに「いいエンジニアを採用できた」と喜んでいたら、実はその給料が核開発やミサイル部品を買うための原資になっていた。リモートで働く社員の正体は、外国の古びたアパートの一室で働く工作員だったのだ。

 そんなSF映画のような話が現実に起きつつある。

 FBIや警察庁が警告するところによれば、身分を偽った外国人労働者が、プログラマーなどとして企業に入り込み、外貨を稼いでいるというのだ。

 銀行強盗やハッキングよりも、アメリカなどで「普通に働く」方が効率よく外貨を稼げる。一人のエリート工作員が複数の企業に「潜入」し、リモートで仕事をこなせば、年収は数千万円を超えることもある。経済制裁でがんじがらめになった国々にとっては貴重な収入源だ。

 ここからが第二段階。彼らはただ真面目に働くだけではなく、積極的に悪事に加担する場合がある。アメリカでは、社内ネットワークから機密情報や独自のソースコードを盗み出し、解雇された際に「公開されたくなければ身代金を払え」と企業を脅迫する事件があったらしい。給料と身代金の二重取りというわけだ。

 物語に出てくるスパイといえば変装をして敵地に潜入したり、身分を偽って市民生活を送りながら諜報活動をする、といった存在だった。今、それと同じことがデジタル空間上で行われているのだ。もはや疑似ファミリーを築く必要なんてなくなった。

 今後、こうしたリモートスパイやリモート工作活動は、ますます活発になっていく。面接や日常のやりとりも、ディープフェイクを使えば、さも本当に存在する自国人と錯覚させることができる。最近のビデオ面接では、ディープフェイク対策で「横を向いてください」「顔の前で手を振ってください」といった指示をすることもあるが、それも突破されるのは時間の問題だろう。

 工作員でなかったとしても、リモート同僚がAIやロボットだったみたいなケースも起こりそう。「どんなに遠くても面接は対面でしましょう」という時代に逆戻りするのかもしれない。だが考えてみれば昔から電話やメールだけで仕事を頼むことはあった。そういえば、この連載のイラストを描いてくれているナカムラさんとも、まだ一度も会ったことがない。恐らくロボットではないと思う。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2026年1月29日号掲載

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