「仕事は人生そのもの」 『伊藤忠』中興の祖、丹羽宇一郎さんが貫いた信念【追悼】

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 物故者を取り上げてその生涯を振り返るコラム「墓碑銘」は、開始から半世紀となる週刊新潮の超長期連載。今回は昨年12月24日に亡くなった丹羽宇一郎さんを取り上げる。

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“掃除屋”を自負

 1998年、伊藤忠商事の社長に就任した丹羽宇一郎さんは、決断と言行一致の経営者と注目を集めた。

 当時、同社はバブル期に行った不動産事業への過剰投資が経営を圧迫していた。多大な不良資産を徐々に処理する先送りの策に対し、20世紀の問題を次の世紀に持ち越さない、と一気に膿を出し切る決断をする。

 翌99年、3950億円もの特別損失を計上。負の一括処理にとどまらず、稼ぐ力の見直しも同時に行う。こうして2001年3月期の純利益は705億円と当時として過去最高を記録、業績の急回復まで実現した。

 丹羽さんをたびたび取材したジャーナリストの小宮和行さんは振り返る。

「剛腕なワンマン経営者とは正反対。悪い要素を隠さず説明責任を果たし社員や関係先は危機を受け止めた。巨額の特別損失を発表した時、伊藤忠の株価は暴落どころか上昇した。丹羽さんは経営者に不可欠なのは情熱と倫理観といつも語っていました。熟慮して決断し構想を示そうが、信頼関係がなければ仕事は進まないと自戒していたのです。自分の使命は財務をきれいに整理し将来につなぐ“掃除屋”だと控えめでした」

発信力のあるトップ

 39年、名古屋生まれ。生家は書店を営む。62年、名古屋大学法学部を卒業、伊藤忠に入社し上京。大豆など穀物を扱い猛烈に働く。

 97年、副社長に就任。丹羽さんが中心となりファミリーマートへの資本参加を進め、社長になると過去の処理と攻めの経営を両立させた。コンビニのように消費者に近い分野に進出し、収益構造を変えたのだ。

「先見の明があり勝負師の一面もあった。決断、言動の源は読書でした。しかし、情報収集のためではないと言うのです。企業の最大の資産は人。でも同時に問題を起こすのも人だと、人について考えていた。さらに論理的な思考に読書は必要とも。事実、丹羽さんの話は簡潔明快で分かりやすく客観的なデータまで語る。話す際にメモを見ることもない。発信力のあるトップでした」(小宮さん)

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