「仕事は人生そのもの」 『伊藤忠』中興の祖、丹羽宇一郎さんが貫いた信念【追悼】

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読書のために電車通勤

 取材で縁の深い「財界」主幹の村田博文さんは言う。

「社長になっても郊外から電車通勤を続けたのは読書の時間を確保するためでした。質素を好む姿勢を相手に強いず、夜の会食などには社長として当然参加する。だから帰宅は電車ではなく車なのです、とわざわざ言う律義で正直な人でした」

 社員と直接対話を続けた。美辞麗句を嫌い、商社マンは金の匂いがしなければと儲けの大切さを説きつつ、良心に反するな、と訴える。

「部下に信頼されていない上司のせいで部署が活気を失っていないかと察知する。それは社長の役割だと目を配っていた」(小宮さん)

 04年、長くとも社長は6年と公言した通りに退任。

「院政など敷かない。社を離れたらただのおじさんだと笑っていた」(小宮さん)

死ぬまで努力

 10年、当時の民主党政権に請われ民間出身初の中国大使に。尖閣諸島を巡る発言が日本政府の公式な立場と合致せず問題視される。日本を代表する大使という立場なのに、経済人として両国をつないでおかなければとの信念が強く出過ぎた。

「伊藤忠は21年3月期に、純利益、株価、時価総額がいずれも業界で首位になり、財閥系商社を引き離した。中国大使時代の印象は残っても、丹羽さんの社長時代の改革が現在の成功の礎になっている」(村田さん)

 死ぬまで努力だと、執筆活動を続けていた。

「働き方改革に対し、長時間労働を強いる悪質な経営者は問題だが、もっと働きたい人の意欲を奪ってはいけないと直言。仕事は人生そのものという主張は一貫していた。中流の質の高さが日本の企業や社会の強みだったのに損なわれてきた、との警鐘には実感が込もっていました」(小宮さん)

 昨年12月24日、86歳で逝去。肩書や過去の成功にこだわらない人生だった。

週刊新潮 2026年1月22日号掲載

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