「NHKのど自慢」原点のラジオ“第1回大会”から80年 「合格者第1号」がデビューの誘いを蹴った納得の理由「ぼくはそんなのイヤだしね」

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 毎週日曜の昼、全国各地から生放送で届けられる楽しき歌声――。「NHKのど自慢」といえば、同局の最長寿番組として知られる。現在の番組名は昭和45(1970)年からだが、先の「のど自慢素人演芸会」は昭和28(1953)年にスタート。そのさらに前身となるラジオ番組「のど自慢素人音楽会」は、80年前の昭和21(1946)年1月19日に第1回大会が開かれた。

 このラジオ番組を企画した人物は、作曲家・三枝成彰さんの父、三枝健剛(嘉雄)さん(1997年没)。第1回の司会はアナウンサーの高橋圭三さんだった。「マイクを民衆へ」という制作側の意図の通り、素人たちの歌声は戦後の日本を勇気づけ、昭和23(1948)年3月21日には初の全国大会が開催されるほどの人気を集めた。

「週刊新潮」は1984年、三枝健剛さんと全国大会で司会を務めた元アナウンサーの大野臻太郎(しんたろう)さん、第1回大会と全国大会の出場者たちを徹底取材。番組企画のヒントや当時のエピソード、出場者たちのその後を伝えていた。産声を上げた当時からすでに大盛り上がりだったという「のど自慢」。その歴史を振り返ってみよう。

(以下、「週刊新潮」1984年1月5日号「素人のど自慢 第1回合格者たち」を再編集しました。文中の年齢・肩書等は掲載当時のものです)

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新兵の演芸会に着想を得て

「素人のど自慢」という企画を提案したのは、番組の担当者にもなった三枝健剛さん(74)=元芸能局プロデューサー=である。

「発想のもとはといえば、軍隊時代の新兵の演芸会にありました。歌謡曲、民謡、漫才……きびしい軍隊生活の中でハメを外す会として、どこの中隊でもやっていましたが、素人の方が専門家よりも面白いと思ったんです。素人のど自慢の企画を提案したのは昭和20(1945)年の暮れのことでした」

 そして、翌年の1月19日には、初の「のど自慢素人音楽会」が開かれることになった。

 この大会の応募者の中で最初に鐘を鳴らした合格者第1号が下門英二さん(65)。年配者の中には、“床屋の英ちゃん”という愛称をご記憶のムキもあろう。東京御徒町の床屋の職人で戦前からNHKのオーディションを受けたりする歌好きだった。

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