北朝鮮文学に描かれる「機密事項」 知れれざる金正恩の実像が明らかに

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 核開発にまい進し、娘を後継者に据えようと躍起の金正恩総書記(42)。高市早苗首相は拉致問題の解決へと意気込むが、独裁者の思惑をつかむため、ジャーナリストの鈴木琢磨氏はインテリジェンスとしての北朝鮮文学の重要性を説く。その驚愕(きょうがく)の中身とは……。【鈴木琢磨/ジャーナリスト】

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 平壌の中心部に平壌総合病院がオープンしたのは2025年10月6日のことだった。コロナ禍のさなか、2020年3月17日に着工式があり、野外式典にマスクなしで現れた金正恩は朝鮮労働党創建75周年の同年10月10日までに完工するよう訴えた。自らクワ入れまでしたものの、工期は遅れに遅れ、ようやく5年後の竣工にこぎ着けたのである。

 脆弱(ぜいじゃく)だった医療体制立て直しのシンボルとなる新病院の誕生を控え、北朝鮮で刮目(かつもく)すべき小説が登場した。

 タイトルは「2022年春」。新型コロナウイルス感染症を巡る金正恩の戦いがテーマで、朝鮮作家同盟中央委員会機関誌でもある権威ある文芸誌「朝鮮文学」7月号に載った。世界がコロナ・パンデミックに戦々恐々とする中、北朝鮮は感染者ゼロと宣伝し続けていたが、2022年5月12日になって一転、国内感染者の発生を認める。小説はその発表に至るまでの知られざる政権中枢の内幕、緊迫の日々をドキュメンタリータッチで描いている。

小説の冒頭は……

 小説の冒頭はこんなシーンから。「ダメだ!」。深夜、金正恩が執務室で国家非常防疫司令部のチョン・ギョンギル司令官からの電話にイラついている。4月末から首都圏で原因不明の発熱者が多発している状況についての専門家協議会が終わり、その報告を受けていたのだ。インフルエンザとの判断だった。「メンバーのわずか10%だけがコロナだと主張しているらしいな。インフルエンザだとうかつに規定してはいけないぞ。0.001%の反対もない100%一致した見解を出せ。たとえ、われわれが望まぬ結論になったにせよ、覚悟しておくよう」。

 すでに2年3カ月にわたり、国境を封鎖し、コロナ感染者ゼロは体制の勝利と胸を張ってきた。ウイルスの流入は国家の威信低下につながり、保守派の科学者たちはインフルエンザであってほしいとの非科学的発想になっていた。だが、新設された生命基礎研究所の若手研究員たちはずっとコロナを疑っていた。ものおじせず正論を吐いたのは34歳のリ・チョル。彼は最終会議でもぶれなかった。「一刻も早く対策を講じるべきです。遅くなればなるほど被害者が多くなります」。この発言に出席していた保健省の副相が色をなす。「リ・チョル! 正気か!」。

 ところが、事態は一変する。突然、会議場に党中央委員会政治局委員が研究員らと入ってきたのだ。政治局委員が告げる。「彼らは敬愛する総書記同志(金正恩)の指示を受け、発熱者から採取した検体の遺伝子配列分析とPCR検査を行った。その結果……。オミクロン株と判断された」。

 そう、金正恩はひそかに信頼を寄せていたベテラン女医のアドバイスでくだんの生命基礎研究所の研究員の主張に注目していたのだった。リ・チョルは女医の弟子でもあった。チョン・ギョンギル司令官らは金正恩に自分たちを罰してほしい、と申し出る。

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