北朝鮮文学に描かれる「機密事項」 知れれざる金正恩の実像が明らかに

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厳重な審査を経て

 しばらくして立像が完成する。金正恩は玄哲海の夫人を、立像を設置した朝鮮革命博物館に招く。主人と再会した夫人は泣き出す。「あなた! あなた! 元帥さまが生き返らせ、歴史の聖堂においてくださった。これは夢、現実?」。寄りそっていた金正恩は拍手し、心のなかでつぶやく。「アバイ(おじいさん)、また会えましたね」。するとどこからか玄哲海の声が聞こえてくる。「革命家の命は永遠です。その命を金正恩同志が玄哲海にお与えくださり、よみがえったのです。私は永遠に将軍さまの影! 金正恩同志の影です!」。

 小説はここで終わる。どこまで真実なのか? 確認したところ、くだんの玄哲海の立像は実在した。いわゆる蝋人形で、金日成と金正日の巨大な銅像がそびえる万寿台にある朝鮮革命博物館の「革命戦友館」17号室に置かれている。雪の残る山を背景に金正日とそろいの防寒ジャンパーに身を包み、しっかり手帳を握りしめて。訪れた人民は涙するかもしれない。ただ、いまの金正恩に真の忠臣がいないことを物語ってもいる。

 コロナ禍以降、脱北を厳しく取り締まってはいるものの、外交官ら高位層の亡命はとどまらない。南北統一の放棄、ロシア派兵への疑問はくすぶっている。側近にいつ寝首をかかれるか、図らずも小説には独裁者の孤独がにじむ。

 北朝鮮文学が最重要視するジャンルは最高指導者の業績をたたえる「首領形象文学」である。その中心を担うのが「4・15文学創作団」だ。1967年に発足、映画や演劇など文芸の力を理解していた若き金正日のアイデアだったとされる。ベールに包まれた現代版宮廷作家集団、根拠地は平壌郊外の南浦にある。2万平方メートルの敷地に2階建てコテージ風の棟が三つ、執筆のための創作室が30室、世界文学全集などがそろった資料室、娯楽室が完備され、専属料理人や医師もいる。小説にはエンタメ要素が欠かせないが、最高指導者の「お言葉(マルスム)」は勝手に脚色できない。未公開エピソードは必要に応じ、厳重な審査を経て作家に届けられる。むろん、金正恩のお墨付きを得なければならない。

金正恩のアキレス腱

 核・ミサイル開発に拍車をかけながら、娘のジュエを4代目に据えようと演出に余念のない金正恩にはアキレス腱がある。祖父、金日成とのツーショット写真がないことだ。「白頭の血統」を証明するのに欠かせないアイテムだが、いまなお公開しないのは、そもそも二人に接点がなかったからとされる。金日成が認知していなければ、後継者としての正統性に疑問符が付きかねない。

 ところが、その通説を覆す小説が現れた。「朝鮮文学」2021年9月号に掲載された「雨」がそれである。

 タイトル通り、小説は前年の8月、北朝鮮を襲った記録的な大雨にまつわるストーリーだ。夜、雨脚が激しくなる平壌の様子を心配そうに見て回っている金正恩の描写に続き、いかにも唐突に時空を超えたこんなくだりが。〈ふと数十年前の雨の降る日、邸宅にある大豆の葉が茂る試験圃田(種の改良や農法の開発をする農地)を歩いておられた偉大な首領さま(金日成)の姿を思い浮かべられた。首領さまは幼い金正恩同志を愛おしげに見つめられた。「私たち万景台(金日成の生誕地)の家族は雪の道だけでなく、雨の降りしきる中を歩んできた。私たちが冷たい雨を一身に受けることで、人民の心の中に恵みの雨が降るんだ」〉。

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