芳本美代子、一番近しい存在には石川秀美の名前を挙げ…「1990年で歌手活動ストップ」「35年ぶりに復活」の“真相”語る

  • ブックマーク

「今後も歌い続けていきたい」決意新たに、次の年へ

 こうした情熱を考えると、35年間も歌手活動を休んでいたのが信じられないほどだが、デビュー40周年となった2025年、芳本は満を持してライブ活動を再開した。どういった気持ちの変化があったのだろうか。

「この40年間、同期の中でも、今もまだ歌い続けている方や、休業している方、そこから再開した方などいろいろいる中で、『今回のアニバーサリーとなる年に歌っておかないと、次に歌えるタイミングを逃しちゃう』と思ったんですよ。実は30周年の時にも頭をよぎったのですが、また歌をやり出すと、演技や舞台が中途半端になる気がしてやめたんです。でも、もうあと何回歌えるのかと考えてみたら、今しかないと決意しました。それで、同期の網浜直子ちゃんと松本典子ちゃんも呼びかけたら快諾してくれたので、本気で歌おうと思いました」

 きっかけは、彼女の公式動画チャンネル『みっちょんINポッシブル』だったのだろうか。

「松本典子ちゃんとは、その前から『お茶会みたいなのでもいいからファンのみなさんと会えたらいいよね』と話していたんです。その後、まさに動画がきっかけで網浜直子ちゃんも入ってくれて、3人でやるとなったら、すごいスピードでコンサート形式が決まって。3人のユニット名『ID85』としてライブをしました。ファンの方にも喜んでもらえて、めちゃくちゃ嬉しかったです!」

 同期の話が次々と出てくることから、今後の音楽活動についても意欲的なことがわかる。

「名前が『ID85』なので、いずれは85年デビュー組であれば誰でもOKという形にしたいなと思います。ここからどういう風にプラスアルファとなるのか、私も楽しみです。先日のライブも、大西結花ちゃん、森下恵理ちゃん、中村繫之くんがゲストで出てくれて楽しかったです。森下ちゃんは、私のことが大好きだと言ってくれて(笑)、私の知らないことまで私について知っているというスタンスで、なんでもツッコミを入れてくれて、彼女のファンの方もその前提で話に入ってきてくれるので、本当に面白い。また、ファンのみなさんからも、『東京だけじゃなく地方にも来てください』と言われているので、時間と体力のある限り、また続けていきたいねと『ID85』の3人でも話しています。

 先日、井森美幸ちゃんの40周年イベントも見に行ったんですが、彼女が歌ったというだけで、ものすごく嬉しかったです! かたや森口博子ちゃんは40年間ずっと歌い続けていて、やっぱり続けるってすごいことだと思うし、私もできるなら今回からそうしたいと思っています」

 最後に、来年以降の活動について尋ねてみた。

「アイドルの頃は、ステージで歌っている私を見守って応援してくださっていたと思うのですが、時代を超えると、想い出もいっぱい共有できて、ライブをやることでどんどん距離が縮まっている感じがします。

 これからも、当時の楽曲を懐かしみつつも、今の私がどういう感じで歌っているのだろうって、会いに来ていただけると一番幸せです。そこで、いろんな想い出話をしてみたいですね。だから単独でもユニットでも、みなさんと近くで会える機会を増やしていきますので、それまでは、サブスクでも口ずさめるくらいに十分予習してください。今後も、突然マイク向けますからね!(笑)」

 40年の芸能活動の中で、彼女が音楽活動にメインにしていたのは最初の5年間だが、その時期が超充実していたからこそ、今もなお楽しく音楽のエピソードを語ったり、音楽を通してファンと交流したりすることができるのだろう。つまり、たとえ限られた期間であっても、濃厚な日々を送っていた何かがあれば、それは自らの人生をより輝かせるための糧になりうることを、彼女が示してくれているような気がした。彼女のそうした気負わずも前向きな生き方は、第二、第三の人生を送ろうとする多くの人々に勇気を与えることだろう。

【記事前編】では、“憧れ”“大好き”な存在について明かすとともに、デビューからの歩みを振り返っている。

芳本美代子(よしもと・みよこ) 
1969年3月18日生まれ、山口県出身。85年3月21日、シングル「白いバスケット・シューズ」でレコード・デビューし同年の新人賞を数多く受章する人気アイドルに。翌年の6thシングル「青い靴」では、初のオリコンTOP10入りを果たし、以降「Auroraの少女」「横顔のフィナーレ」「ヴァニティ・ナイト」「東京Sickness」の計5作が週間TOP10入りとなった。90年に、ミュージカル『阿国』に出演したことを機に、ドラマや舞台を軸とした女優業にシフト。20年には、自身のYouTubeチャンネル『みっちょんINポッシブル』を開設、23年に、大阪芸術大学短期大学部の教授に就任。25年は、デビュー40周年を記念して、ライブを行うなど音楽活動にも積極的に。同年10月14日には、これまでのオリジナルアルバム8作とライブアルバム1作がサブスク解禁された。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。