「憧れは河合奈保子さん、大好きなのは松田聖子さん」「忙しすぎて歌詞を覚える余裕もなく…」芳本美代子、40周年の節目に“デビューからの紆余曲折”を振り返る
デビュー後は忙しすぎて「歌詞を完璧に覚える余裕もなかった」
1作目、2作目と強気な女の子の歌詞が続いたが、シングル3作目の「雨のハイスクール」では、それまでと同じ松本隆が詞を手がけながら、図書館で突然キスをされて逃げだしてしまう、という内気な女の子が描かれている。
作曲はTULIPの財津和夫で、松本隆×財津和夫コンビといえば、「白いパラソル」「野ばらのエチュード」など松田聖子の大ヒット曲にも見られるほどの安定感や覚えやすさがある。そういったこともあってか、シングル売上は彼女の中で上から10番目ながら、現在のサブスクでは2位とかなりの人気だ。
「この楽曲で、新人賞レースをめがけてレコード会社や事務所も頑張ってくれたんですよ。『雨のハイスクール』は、とても歌いやすいみたいで、今でも女性ファンはもちろん、男性の方が少しキーを下げてカラオケで歌っているというのをよく聞きます。この歌は、大人になって沁みる感じがするので、今のほうが人気というのもわかりますね。
でも、当時はどんな曲が自分に合っているか、自分が好きかなんて考える余裕もなかったです。この前作の『プライベート・レッスン』も含め、さまざまなエッセンスが歌詞の中で散りばめられていて、歌うのが難しい曲が多いんですよ」
本人は謙遜するが、彼女はデビュー前から1年半以上レッスンに通っていたためか、10代のアイドルとしては当初から安定感のある歌声で定評があった。
「デビューしてからも、毎週土日はレコード店を周ってデパートの屋上で歌っていたので、その積み重ねの成果でしょうね。ホントにずっとレコーディングしていたんですよ。当時は、3ヶ月に1枚シングルを出すので、曲を覚えて振りがついて全国キャンペーンを回り出したと思ったら、すぐに次のシングルのレコーディング。その合間にアルバムも制作していて、歌詞を完璧に覚える余裕もなかったんです。なので、実はキャンペーン先で歌う時、よく歌詞を間違えていました(笑)」
“最強布陣”が作った人気曲「青い靴」への想い
デビュー2年目に入ると、シングル6、7作目で、当時から大御所だった筒美京平を作曲に迎えた「青い靴」と「Auroraの少女」をリリース。また編曲も、打ち込み音と生楽器を併用しインパクトのあるイントロを得意としてきた船山基紀を起用。
松本隆×筒美京平×船山基紀という最強の座組で臨んだこともあって、この2作は、当時のレコード売上でも現在のサブスクの再生回数でも、芳本の中でTOP3に入るほどの人気曲だ。本作で初めてオリコン週間TOP10入り、また人気の音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)に登場しているが、本人も格別な想いがあったのだろうか。
「そうですね、筒美京平先生に作っていただくと、こんなに確実にヒット効果が出るんだと思いました。でも、この『青い靴』はあまりにも難しい曲なんですよ!! それまではアイドルの王道ソング風だったのに、急に個性的なものが飛び込んできたので、当時はヒットして嬉しいというよりも、歌うことで精いっぱいでした」
実際、「青い靴」は複雑なメロディーが矢継ぎ早に展開するアップテンポのナンバーで、サビ前にメインボーカルとコーラスが掛け合ったり、終盤で半音上がったりと、筒美京平のエッセンスを散りばめた曲想となっている。そのため、歌謡曲全盛だった当時よりも、ボーカロイド文化が浸透した現代の若い世代の間で人気になりそうなほどだ。
「今でも『青い靴』が好き、と言ってくださるファンが多いですね。確かに、まったく古さを感じさせないのがすごいです。私の"ミッチョン“というニックネームはテイチクさんにつけてもらったのですが、そのミッチョンらしさが『青い靴』には詰まっています。
そして、このシングルのB面『天然色の夏』も松本先生と筒美先生の魅力がつまった曲で、当時からファンの方にも人気でカラオケにも入っていたほどなんですよ。ところどころに難しいメロディーが入っていて、クセになるんです」
久しぶりのライブに苦労も
その「青い靴」に次ぐシングル「Auroraの少女」以降は、「横顔のフィナーレ」「ヴァニティ・ナイト」「東京Sickness」「Heroes」と、マイナー調の楽曲が続いたが、本人は「『Auroraの少女』あたりから、曲の世界観に入りこむようになっていった」と語る。
確かに、久保田利伸作曲の「ヴァニティ・ナイト」や「東京Sickness」では、バックバンドを従えたパフォーマンスをテレビ番組で披露するなど、それまでの“可愛さをアピールするアイドル”から大きくシフトチェンジしている。とはいえ、この頃の芳本は17歳から18歳になったばかり。その1年前は“図書館でキスをされて泣いていた”女の子(「雨のハイスクール」の歌詞より)だったのに、突然の変化に戸惑いはなかったのだろうか。
「確かに、『東京Sickness』なんて、都会で病んでいく中でも頑張らなきゃという主人公を歌っていますからね。でも、自然な流れだったので、迷いは全然なかったです。今、『東京Sickness』がサブスクで5位と人気なのも、大人だからこそしっくりくるのでは。この曲は、最近のライブでも歌いましたよ」
ただ、久しぶりのライブでは苦労したことも多かったようで、
「シングルの曲は、1曲ごとに全く系統の異なる勝負曲なので、バンドさんを固定して全部演奏してもらうと、テンポ感などがオリジナルとはちょっと違う感じになってしまうんですよ。当時は、打ち込みで作っているものもありますからね。
それから、『青い靴』はあまりに難しいので、事前にYouTubeでも『ちゃんと覚えてきてね。みんなが合わせてくれないと、歌えないから』と告知し予習をお願いして、会場のみなさんに助けてもらいながら歌いました。『サブスクにも出ているので、聴き倒してください』って(笑)。当日は、みなさんメインのボーカルもコーラスも全部覚えてくださっていて、とても感激しました!」
当時、芳本の自己ベストであるオリコン最高5位となった「ヴァニティ・ナイト」は、前述のように、前年にデビューし注目を浴びていた久保田利伸が作曲を手がけている。
「楽曲のセレクトは基本的にスタッフさんにお任せでしたが、ガッツリとロック調の大人びた曲がきて、ここからバンドを引き連れてテレビに出ていましたね。当時は一生懸命に歌っていただけなのだけれど、こうしてジャケットを見たり、サブスクで年代順に聴いたりしてみると、ちゃんと成長に合わせてチャレンジさせてもらっていたんだなと実感しました」
[2/3ページ]


