「土下座してまで出演した映画も…」 仲代達矢の演技を堪能できる名画11選

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表情だけで成立

 かつて、仲代をさまざまな役で生かした時代の日本映画だったら、五社英雄監督のように、ケレン味のある演出が持ち味の監督もいただけに、仲代の演技を巧みに劇へ取り入れることができたが、現代日本映画は仲代を使いこなせなくなっていた。それを打破したのは、テレビのドキュメンタリー監督と、インディペンデント映画の監督だった。

 東海テレビが製作した「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(2013)は、1961年に三重県で起きた「名張ぶどう酒事件」を描いたドキュメンタリー・ドラマだ。一審での無罪を経て、最高裁で死刑判決が下った奥西勝を仲代が演じている。本作の監督はドラマの演出経験がなく、スタジオに造られたセットの独房で一人芝居をする仲代を、ドキュメンタリーを撮るように記録する。60年近く獄中に居た奥西を渾身の演技で仲代は演じ、ドキュメンタリーとフィクションの境界を忘却させる作品となった。

 巨匠監督たちと長きにわたってコンビを組んできた仲代が最後に出会った監督が、「春との旅」(2010)、「日本の悲劇」(2012)、「海辺のリア」(2017)を撮った小林政広監督だった。

 祖父と孫のロードムービー「春との旅」を気に入った仲代は、プロモーションで試写会に立ち会う度に作品を見ていたという。

 筆者は、年金不正受給問題をテーマにした「日本の悲劇」公開時、小林監督に取材する機会があった。これは仲代の新たな代表作だと感じた筆者は、その演技について尋ねた。以下にそのときのインタビューを基に一部を紹介しよう。

――(「日本の悲劇」の)仲代さんの演技の中でも突出して素晴らしいと思ったのが、奥さんの遺影を見ながら、メガネを外す顔のアップです。あの無表情は、今まで見たことがなかったなと。

小林 あのシーンは、モニターを観ていて、鳥肌が立ちましたね。こんな仲代さんの顔を撮ったのは、この映画だけだと思いました。無防備で、虚無的で、陰惨。この映画は、ひょっとして凄い映画になるんじゃないかって、あの時、内心思いました。

――東日本大震災が発生するシーンの回想も、仲代さんの表情と音だけで表現していますね。部屋を揺らしたりしなくても、仲代さんの表情だけで成立してしまう。

小林 スタッフは、どうやって揺らそうかとか当たり前のように考えていたみたいだけど、音だけで処理するからだいじょうぶですと言ったら、そんなことあり得ないだろうと言われて。揺らして何かモノが落ちればそれで地震なんだろうけど、そこで揺れてるって芝居してもらってもリアリティはないと思ったんです。

(https://intro.ne.jp/contents/2013/09/12_1924.html)

 仲代の演技と向き合い、それを現代の映画に落とし込む小林と出会えたことは、仲代にとって、この上ない幸福だったのではないだろうか。残念ながら小林は仲代が心待ちにしていた次回作を実現することなく、2022年、68歳で急逝する。

 もし、小林が健在だったら――仲代は今も舞台に立ちながら、映画でも90代でしかできない新たな演技を見せてくれていたに違いない。

吉田伊知郎(よしだいちろう)
映画評論家。1978年生まれ。兵庫県出身。大阪芸術大学映像学科卒。「キネマ旬報」「映画芸術」「映画秘宝」など多くの雑誌に寄稿。著書に『映画評論・入門! 観る、読む、書く』、共著に『映画「東京オリンピック」1964』『映画監督、北野武。』など。

週刊新潮 2026年1月1・8日号掲載

特別読物「『サザエさん』実写版にも出演――年末年始に見たい『仲代達矢』名画11選」より

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