「土下座してまで出演した映画も…」 仲代達矢の演技を堪能できる名画11選
人工のマスクのよう
成瀬巳喜男監督は、仲代の眼光鋭く力んだ演技を拭い去って自作に起用した。中でも高峰秀子が銀座のバーのマダムに扮した「女が階段を上る時」(1960)で、店のマネージャーを演じた仲代は絶品だった。控え目に高峰に寄り添い、仄かな思いを抱きながら静かに感情を高ぶらせる。
同じように、黒澤・小林らが作る重厚でシリアスな仲代のイメージを覆したのが岡本喜八監督だった。仲代の素顔に近いボンヤリした一面をクローズアップして、「殺人狂時代」(1967)を撮った。近眼で丸メガネをかけた水虫に悩む大学講師を演じる仲代は、全くサエない男である。そんな彼が殺し屋から命を狙われるが、あれよあれよと返り討ちにしてしまう。次々に刺客が送り込まれるが、仲代は実に軽快な身振りで退治していくのが何ともおかしい。
奇想天外な「殺人狂時代」と同時期には、不条理劇の傑作「他人の顔」(1966)にも出演している。安部公房の同名原作を勅使河原宏が監督した本作で、仲代は顔面に大やけどを負い、精巧なマスクを着用して他人になりすます男を演じた。映画デビュー時に大島渚が指摘した仲代の〈無表情〉が発揮され、彼の顔が人工のマスクのように思えてくる。仲代の計算し尽くされた表情の演技がなければ、この作品の世界観は成り立たなかったに違いない。
仲代と映画環境
仲代が自らの代表作として筆頭に挙げる小林正樹監督「切腹」(1962)は、黒澤の「用心棒」、「椿三十郎」(1962)への挑戦として撮られたものだった。
当時29歳の仲代は、本作で五十余歳の浪人を演じている。井伊家上屋敷に現れた浪人が、思うところあって玄関先を借りて切腹したいと申し出る。この特異なシチュエーションが、全編を貫く緊張感と様式美で描かれる。
20代最後の年に出演したこの作品は、仲代にとって、映画俳優としてもう終わってもいいと思えるほど達成感のあるものだった。
時を同じくして、仲代を取り巻く映画環境は変わりつつあった。映画デビュー間もない頃ピークに達していた映画人口は最盛期の半分にまで落ち込もうとしていた。日本映画の劣化が叫ばれ始め、仲代も巨匠監督の名作に次々と出演する機会は減少していった。だからといって、それ以降は無気力で映画に出ていたわけではない。むしろ、30代になって演技に余裕が生まれ始めていた。
黒澤明監督「天国と地獄」(1963)は、幼児誘拐を巡る息詰まるサスペンス映画だ。誘拐捜査にあたる戸倉警部を演じる仲代は、アメリカ映画に出てくるようなスマートな警部を体現し、捜査を指揮する。日本の刑事ドラマとは一線を画すクールな警部は、仲代の余裕のある演技によってリアリティーを生み出していた。
巨匠監督たちの名作に隠れているが、恩師の妻と不倫関係にあった弁護士を演じた堀川弘通監督「白と黒」(1963)も忘れがたい一本だ。仲代は不倫相手を殺害するが、居合わせた窃盗犯に嫌疑がかかる。いつ仲代の犯行が露見するかと思いきや、二転三転し、最後まで結末が読めない。仲代は黒縁メガネをかけ、鋭い眼光を隠して淡々とした芝居に徹している。俳優座の師である千田是也が恩師の弁護士を演じており、二人の共演シーンには緊張感が漂うのも見どころだ。
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