「土下座してまで出演した映画も…」 仲代達矢の演技を堪能できる名画11選

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苦沙弥の暗い顔

 1960年代後半から、三船敏郎らは海外資本の映画へ参加するようになるが、仲代もイタリア映画「野獣暁に死す」(1968)というマカロニ・ウエスタンに出演している。日本人役のオファーではないことが彼を刺激した。いわく、「本ものの西洋人の中に一人入ってこの僕が本当に西洋人に見えるかどうか、西洋人からみてそれがおかしくないものかどうか」(前掲『役者』)を実証しようというのだ。敵役の仲代は堂々たる存在感を放ち、終盤では「用心棒」を思わせる一騎打ちを演じてみせる。

 1970年代に入ると、映画会社の倒産、路線変更など日本映画が大きな変化の波に見舞われる。こうした時代に、かつて2番手で仲代を起用した監督たちが、今度は仲代を主役にした映画を撮り始める。

「炎上」、「鍵」(1959)で組んだ市川崑は、夏目漱石原作の『吾輩は猫である』(1975)で、猫の主人である苦沙弥を仲代に演じさせている。漱石がモデルとされているだけに、仲代は風貌も似せ、神経質で頑固な明治時代の文化系男子を飄々(ひょうひょう)と演じている。大仰な演技でユーモアたっぷりに笑わせつつ、市川は苦沙弥が抱える寂寥(せきりょう)感を描くことを忘れない。のんきに生きているようだった苦沙弥が不意に見せる暗い顔は、仲代にしか表現できないと思わせる。この作品は筆者にとって仲代のベストアクトである。

集大成のような一本

 黒澤明は、「影武者」(1980)の撮影開始直後に降板した勝新太郎に代わって急きょ、仲代を主演に起用する。勝をイメージして作られた役に自分を合わせるのに仲代は苦労することになるが、こうした役者の生き方もあると達観していたという。そして、黒澤が最初から仲代を想定した「乱」(1985)は、2番手、代役として尽くしてくれた仲代への恩返しを思わせる集大成のような一本となった。

 1990年代~2000年代にかけて、映画の仲代は顔出し程度の特別出演が多くなっていく。

 60代になっても変幻自在な演技をこなせる仲代を生かしたのは、香港映画だった。菊地秀行原作の「妖獣都市~香港魔界篇~」(1992)で、世紀末の日本と香港を舞台に、人間界の征服を狙う150歳の黒幕妖獣を仲代は演じた。ワイヤーアクション、特殊メイク、SFXを駆使した映像の中、仲代は上半身裸になってド派手な戦いを演じて見せた。

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