“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育…80年代の衝撃事件で「襲われた知人2人」の恐怖体験「前足で頭をひっかかれ…」「肋骨が折れ、肺に穴」

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大きくなったらどこかへ寄付でもしようと

 埼玉県某市、畑の中の一軒家。プレハブに掘立小屋をつぎ足したようなこの家に、生後1歳のラッキー君を連れて、Kさんが移り住んできたのは、昭和52(1977)年3月のことだった。

「私ゃ、この土地では流れモン扱いですからね」

 彼女は口癖のようにいうが、確かに、ひどく毛色の変わった隣人だった。

「私は動物のいない生活は、したことがないんです。イヌ、ネコ、サル、ヤギ、ウサギ、ニワトリ、金魚、オウム、九官鳥、インコ……いろんなものを飼ったわ。駄犬ばかりを50何頭飼ったこともあったけど、これは、油揚げに毒を盛られて、みんな殺されちゃった。今ここにいるのは、ミニチュア・ダックスフント3頭、シバ犬1頭、ネコ1匹、それに、天井裏のネズミと、ラッキーちゃんね」

 ラッキーとの出会いは昭和51(1976)年である。

「知り合いの業者から、ライオンを飼わないかといわれて。一度は断わったんだけど、見てみたら、弱りきって死にかけていたんです。それで、うちで元気にしてやって、大きくなったらどこかへ寄付でもしようと、引き受けたんです」

鶏肉と豚肉を1日6キロ

 初めは軽い気持だったのだ。が、そうはいかなかった。

「いっしょに抱き合って、私が背中に乗せてあげたり、大きくなってからは、私が背中に乗せてもらったり」

 ラッキーのために増築した家屋は今、10畳の板の間と、同じく10畳のプール付き運動場が彼の部屋で、その手前に8畳ほどのカウンター付き店舗がある。Kさん自身の部屋は、掘立小屋部分のわずか6畳なのだ。

〈Kさんの生活は、すべてをラッキーへの愛情に費やし……〉と“守る会”の嘆願書も訴えているように、まずは、毎日最低2時間の部屋掃除。排便のために床に敷かれた新聞紙を取り替える。

「古い新聞紙はかわいそうなので、毎日、各新聞販売店から、売れ残りを買ってるのよ」

 と、50センチほども重ねた新聞を、ドンと置く。拭き掃除のあと、その紙を敷きつめる。次に、ぬれた布で顔を拭いてやる。プールで体全体を洗うこともある。

「餌は週に2回、近くの市場まで買い出しに行きます。鶏肉と豚肉を1日6キロ。これで6000円だから、月に20万円ぐらいかかるわね」

 それも、生では与えない。いちいち湯を通してやるのだ。その準備にまた小一時間はかかるという。

「ガス代だけで、2万円にもなっちゃってね。今は練炭にしています」

 ***

「なにせ、東大法学部卒だそうですからね」――。近隣住民の証言は事実なのか? 第2回【「普通の考え方では対応できない」…80年代に“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育した40代女性 前夫・仲人らが証言した妙な人間模様】では、関係者たちの証言を伝える。

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