ものまねタレントの大御所「コロッケ」を支える“あおいくま” 最愛の母から教わった「魔法の5文字」の深い意味

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 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが俳優、歌手、タレント、芸人ら、第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第49回はものまねタレントの大御所、コロッケさん。幼少期にお母さんからたたき込まれた人生の極意とは?

ものまね四天王として

 ものまねタレントで一番の有名人は誰、と聞かれたらコロッケ(65)と答える人が多いのではないか。1980~90年代に「ものまね四天王」の一人として活躍し、今では間違いなく第一人者である。

 子供の頃は引っ込み思案だったコロッケがものまねに目覚めたのは、中学3年時のバス遠足だったという。バスの中、みんなでマイクを回しながら郷ひろみの「よろしく哀愁」を歌ったのだが、コロッケが歌ったら、「似とる」とバカ受けした。これがコロッケのものまねの原点。

 高卒後、就職した会社をクビになり、故郷・熊本から上京して半年、数々のお笑いタレントを生んだ伝説のバラエティー番組「お笑いスター誕生!!」(日本テレビ系)に出演し、チャンスを掴んだ。ちあきなおみの「喝采」に合わせ、顔面をデフォルメする百面相のパフォーマンスがバカ受けし、名前が全国に知られるようになった。

 しかし、すぐに壁にぶち当たる。形態模写のネタが切れてしまったのだ。それからは声帯模写も始め、本格的なボイストレーニングを受けるなど修行の日々。それこそ九州から北海道まで日本全国を飛び回った。

 次なるチャンスは85年に25歳で挑戦した「ものまね王座決定戦」(フジテレビ系)。87年に玉置浩二のものまねで王座を獲得すると、人気絶頂に。清水アキラ、栗田貫一、ビジーフォー(グッチ裕三、モト冬樹)、コロッケの「ものまね四天王」が牽引する形で、ものまねブームになったのだが……。

 何事にも潮時がやってくる。

 自分がやりたいようにできない、ものまねに与えられる時間が短すぎる、でも、それを我慢してやっていれば生活は安泰というジレンマに襲われる。しかし、このままではぬるま湯に浸かっているようなもの……。

 それやこれやで92年、「今後1年間はものまね番組には出ません」と宣言し、恩ある番組を降板した。

 この辺りのことは、11年の連載「勝手にマネしてすみません」で詳しく語ってくれた。翌12年には、ものまね人生を語った著書『母さんの「あおいくま」』(新潮社)が出版された。

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