「スキャンダルはチャンスなんだぞ!」…引退「棚橋弘至」が憧れた「アントニオ猪木」からの金言
2026年1月4日、1人のプロレスラーが東京ドームで引退する。棚橋弘至。現在は新日本プロレスの社長を兼任する、大人気レスラーだ。ところで、この“弘至”という名前が、誰にインスパイアされたものかと言えば、アントニオ猪木。猪木の本名である“猪木寛至”から、プロレスファンだった棚橋の父親が“至”の字を採ったのだ。猪木は、新日本プロレスの創始者である。リングで戦うことはなかった2人だが、折に触れ、重要な場面で接触して来た。アントニオ猪木という視座から、棚橋のプロレス人生を振り返りたい(文中敬称略)。
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伝説の「猪木問答」
2025年9月、棚橋にインタビューした時のことだ。棚橋は言った。
「猪木さんの引退試合、生で観てるんですよ」
猪木が引退したのは、1998年の4月4日。76年11月生まれの棚橋はこの時、21歳で、立命館大学の4年生だった。実はこの2カ月前の大学3年時、既に新日本プロレスの入門テストには合格していたが、「大学は卒業しておいた方がいい」という新日本プロレス側の計らいで、入門は1年延びていた。いわば仮免許状態での観戦だった。
そして猪木が引退した翌年の3月に新日本プロレスに正式入門した棚橋は、同年10月10日にプロデビュー。つまり、猪木とレスラーとしての接触は全くなかったのだが、その影響力の強大さは、既にこの時期、如実に感じていたはずだ。当時、猪木は新日本プロレスの株式の51%を持つ、同団体オーナーだった。
棚橋がデビューした翌日、新日本プロレスは、東京ドーム大会を敢行し、そのメインカードは、小川直也vs橋本真也。小川直也は引退した猪木が興した団体「UFO」の所属かつ、エースであり、同年1月の東京ドーム大会では、新日本プロレスと対抗戦をおこなっている。その一環としておこなわれた同一カードで、小川が喧嘩ファイトを仕掛け、橋本を叩き潰してしまっていた(※結果は無効試合)。
この暴走は猪木による指令であり、同日、猪木が快く思ってなかった大仁田厚を、新日本プロレスのリングに上げてしまったことが主因――とは、小川直也の弁である。つまり、言うことを聞かない新日本に対する猪木の“お灸”だったのである。そして、株式会社である新日本も、むげにオーナーに反発は出来なかった。
棚橋自身はデビューして2年弱でシングルのメインを務めたり(2001年12月23日。vs中西学)、他団体のメインに出場したりと(全日本プロレス。2002年1月11日。馳浩、太陽ケアvs獣神サンダー・ライガー、棚橋)、順調にレスラーとして成長して行ったが、その間、小川直也に連敗した橋本真也は新日本を離れた。エースだった武藤敬司も2002年1月、「プロレスがやりてぇんだよ!」の台詞を残して新日本を退団し、全日本プロレスに移籍して行った。
1999年から2002年と言えば、PRIDEなどに代表される総合格闘技の急騰時期。そういった流れを無視したくない猪木と、その格闘技志向を部分的にでも取り入れなければならない新日本という、いびつな関係があった。
そして、棚橋は猪木とリング上で接触する。それは、武藤敬司や小島聡、ケンドー・カシンといった人気選手のみならず、新日本の中核社員5名も全日本へ転出することが発覚した直後の2002年2月1日、北海道立総合体育センター大会でのことだった。全試合終了後、黒のジャケット姿でリングに上がった猪木は、「新日本プロレスの心臓部、秘密を全部持っていかれて指をくわえている。こんな奴ら許せんぞ!」と激怒のマイク・パフォーマンス。そして、当時の主力選手をリングに上げ、それぞれに怒りを問いただした。
「怒ってますよ、全日に行った武藤にです!」(中西学)
「お前はそれでいいや」(猪木)
「僕は自分の明るい未来が見えません!」(鈴木健想)
「見つけろ、テメエで」(猪木)
と、噛み合わないやり取りの末、最後のマイクが回って来たのが棚橋だった。
「俺は新日本のリングで、プロレスを! やります!」(棚橋)
「……。まあそれぞれの思いがあるから、それはさておいて……」(猪木)
場内は大爆笑。“猪木問答”と呼ばれる、今もプロレス史に残る迷場面である。猪木には半ば無視されたやりとりだったが、新日本の棚橋への評価は変わらず高く、同年5月2日の東京ドーム大会ではゴールデン枠で生中継の試合の一つに登場。その間、「イケメンレスラー」とテロップが流され続けた(佐々木健介、棚橋vsリック・スタイナー、スコット・スタイナー)。8月には、現在も続く同団体の金看板のリーグ戦「G1 CLIMAX」にも初エントリー。10月6日には大先輩の藤波辰爾との一騎打ちも果たした。まさに正統派プロレスの後を継ぐポジションだった。
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