万歳三唱を巡って保守派と護憲派が対立… 平成の「即位の礼」の舞台裏
違憲性がないことを強調
とはいえ、各国のVIPが多く参列する国際的な儀式で、日本の首相が「天皇陛下万歳」を三唱するのは、戦後では初めてだ。諸外国から反発される恐れもある。政府は海外からの参列者には万歳の唱和を求めないことを決め、式の当日、会場でその旨を英語でアナウンスすることにした。
そして、「即位礼正殿の儀」の次の課題は神話性の排除であった。宮内庁は伝統の堅持を強く主張して、高御座の中の台上に、公務に使う御璽(ぎょじ・天皇印)、国璽(こくじ・日本国印)と共に、三種の神器のうち剣と璽(まが玉)が置かれることになった。「天孫降臨神話」で、皇祖とされる天照大神(あまてらすおおみかみ)が孫を天上界から地上界に送る際に授けたといわれる神器は、宗教性や神話性が問題視されることがある。その点について宮内庁幹部は、
「昭和天皇が亡くなった直後に国の儀式として、新天皇に剣璽の承継を行っており、剣璽は神器というより、古くから皇位のしるしと考えるべきだ。御璽と国璽も象徴天皇のシンボルなので、即位の礼に一緒に登場させる」
と、違憲性のないことを強調し、批判をかわした。
即位の礼の会場である皇居・宮殿の中庭に立つ旙の紋様も、時代に合わず、歴史的にも伝統とはいえないものは外され、代わりに菊の紋章が入ることになった。
昭和天皇の即位礼に使われた紋様で、今回消えた絵柄は、八咫烏(やたがらす)、トビ、アユ(魚)、酒がめの4種。いずれも神武天皇の東征神話(天孫降臨したニニギノミコトの子孫が九州の日向から東に向かい、大和を平定して初代の神武天皇になったという神話)に登場するもので、八咫烏を除いて大正、昭和だけの即位礼に使われ、伝統的とはいえない紋様であった。
一方、外務省を中心に国際的儀式としての準備も進んでいた。即位の礼まで1カ月足らずとなった10月19日、同省は外国参列者のリストを中間発表する。164カ国の代表が参列し史上最大規模の葬礼となった前年の大喪の礼と、ほぼ同じくらいの参列が見込まれていた。当時の日本は援助大国で、東京を舞台にした“祝賀外交”に期待する各国の思惑も見え隠れしていた。
主な参列者はベルギーのボードワン国王、ドイツのワイツゼッカー大統領、インドネシアのスハルト大統領、米国のクエール副大統領、そして英国からチャールズ皇太子とダイアナ妃。元首級は大喪の礼の時の55カ国を大きく上回って約70カ国となり、盛大な即位の礼となることが確実だった。
挙行日を決めた理由
しかし、この祝賀の式典も国際情勢と無関係ではなかった。この2カ月前の8月、フセイン大統領率いるイラクがクウェートに侵攻して全土を占領し、世界から激しい非難を浴びた。イラクは即位の礼に副大統領の参列が予定されていたが、日本政府は国際世論を考慮して招待を取り消したのである。
さらには式典を目前にして、過激派によるゲリラ事件が深刻化する。11月1日夜には、警視庁新宿署の独身寮で爆発が起き、警察官1人が死亡、5人が重軽傷を負う大事件となった。総理府は警備上の理由から、即位の礼正殿の儀の国内参列者名簿を公表しないことを決める。大喪の礼でも主な参列者は公表されていたが、国の儀式で参列者を明らかにしないのは前代未聞のことだった。
史上空前の厳戒態勢の中、いよいよ外国要人の来日ラッシュが11月9日から始まった。そして12日、即位礼正殿の儀を迎える。秋晴れだった。氷雨で寒さに震えながら大喪の礼を現場取材した筆者は、この日がいかに天候に恵まれたかを実感したものだ。
この話には前段がある。「即位の礼準備委員会」の委員長だった森山真弓元官房長官に、挙行日を決めた理由を数日前に質問したら、にこっとしながら意外な答えが返ってきた。「天気の関係で、晴れの日が一番多い日に決めたのです」。これが見事に的中した。
後編【暗い表情を見せたダイアナ妃、ゲリラ事件が続発… 平成「即位の礼」の舞台裏】では、ゲリラ事件が続発するなど、あまたのトラブルを乗り越えて成立した「即位の礼」の舞台裏について、さらに詳しく報じる。




