万歳三唱を巡って保守派と護憲派が対立… 平成の「即位の礼」の舞台裏

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自民党保守派と野党側が激しく対立

 前回の京都御所で行われた昭和天皇の即位礼(昭和3年)では、当時の田中義一首相が衣冠束帯(平安以降の公家らの正装)で「臣義一……」とお祝いを読み上げた。そして、18段の階段を降り、庭先から高さ6.5メートルの高御座を仰ぎ見て「天皇陛下万歳」と発声していた。

 そのため、平成の即位の礼でも明治憲法下ならではの戦前の式作法を同じように行うことを求める自民党保守派と、「国民主権の現憲法の精神と相容れない」と反対する社会党など野党側とが当然激しく対立する。

 結果、当時の海部首相は、

「首相が皇族と同じ衣冠束帯を着るのは、時代に合わない。中庭に立つのも断り、最初から(高御座がある)松の間にいることにこだわった」

 と後に述べているが、首相が式に臨む服装は、国事行為の儀式で着る燕尾服となったのだ。

最後まで残った対立点は「万歳」発声の言葉

 正殿の儀で、首相の行為について最後まで残った対立点が「万歳」発声の言葉であった。当時、宮内記者会に所属していた筆者の取材メモによると、自民党の保守派議員は「皇室行事は伝統通りに行ってこそ意味がある。即位礼でなぜ『天皇陛下万歳』がいけないのか」と主張。これに対し社会党の護憲派議員は「半世紀前の戦争で『天皇陛下万歳』と叫んで死んでいった多くの若者がいる。その重い過去を考えると、強い抵抗感がある」と反対した。

 調整を進める政府・宮内庁から、「ご即位万歳」などの案も出たが、最終的にここは万歳の趣旨を明確にして、「ご即位を祝して、天皇陛下万歳」に決まった。

 護憲派は「対政府交渉の成果である。即位を祝っての万歳なら受け入れられる」と評価。保守派も「絶対に譲れなかった『天皇陛下万歳』は残ったし、皇室のお祝い事で政府とこれ以上対立するのは好ましくない」と矛を収めることとなった。水面下で、内閣官房の実務責任者が保守派議員の事務所を訪ね、懸命に説得した根回しの成果であった。

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