万歳三唱を巡って保守派と護憲派が対立… 平成の「即位の礼」の舞台裏

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【全2回(前編/後編)の前編】

 35年前の平成2年11月12日、新天皇陛下(現上皇陛下)の即位の礼が挙行された。新憲法下初の即位儀式では、政教分離の原則から、式典内容を巡って保守派と護憲派が対立。最大の懸案が「即位礼正殿の儀」で新天皇陛下を前に唱和する海部首相の“万歳三唱”だった。

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 昭和天皇の1年の喪が明けるのを待って、政府は平成2年(1990年)1月8日、「即位の礼委員会」(委員長・海部俊樹首相)を設置した。この年の11月に予定された平成のお代替わり行事の後半戦が、いよいよ本格的にスタートする。しかし、そこには越えなければならないハードルがいくつもあった。

 世界各国の代表らを招き、新天皇が内外に即位を宣言する「即位の礼」(11月12日)には神話色がある。さらには、その10日後に行われる即位関連で最大の宮中祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」は宗教色(神道)が極めて強い。

 前年の「大喪の礼」と同様に新憲法下で初めてのことだったので、政教分離や主権在民の憲法原則を巡り、与野党がより激しい論戦を展開し、政府は違憲とならないよう知恵を絞る必要があったのだ。

 その前に、警備の問題もあった。世情は騒然としていた。皇族邸を含む皇室施設への金属弾発射や、神社、交番への放火など、反皇室・皇位継承行事反対を叫ぶ過激派のゲリラ事件が続いている。

車体の会社名をテープで隠し、ナンバープレートには泥が

 不測の事態を避けるため、政府・宮内庁などによる極秘作戦が5月下旬に展開された。即位の礼で天皇、皇后両陛下が昇る「高御座(たかみくら)」と「御帳台(みちょうだい)」は京都御所にあったが、過激派が機関紙などで「京都から東京への移送阻止」を明らかにしていた。

 高御座が壊されれば即位の礼の挙行が危うくなる。当局は直前まで実施日も輸送ルートも決めずに、分解された状態の高御座と御帳台を素早く自衛隊の大型ヘリで東京・立川基地に空輸した。しかも、ヘリは深夜飛行。京都御所からおとりの輸送トラックも使い、皇居に運び込むトラックは報復ゲリラを恐れて車体の会社名をテープで隠し、ナンバープレートには泥が塗られていた。ここまでは無事に進行するが、そこから難題が続いた。

 天皇の即位儀式は62年ぶりで、東京で挙行されるのは史上初めてである。新憲法下、政教分離の建前から、前例を踏襲できない悩ましい問題があった。

 即位の礼の中心行事で、皇居宮殿の最も格式が高い正殿「松の間」で行われる「即位礼正殿の儀」は国の儀式となるが、主に次の3点に違憲性が指摘されていた。(1)首相の万歳三唱(2)三種の神器の登場(3)宮殿の中庭に立つ旙(ばん・のぼり)の紋様。全額公費で開催される国の儀式で、違憲性の疑いがある点は排除されねばならなかったのだ。

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