W杯イヤー幕開け「皇室とサッカー」の深い縁…「勝利の女神」高円宮妃久子さまは再び微笑まれるか?

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 2026年はサッカー・ワールドカップ(W杯)2026が、カナダ・米国・メキシコの3か国共同開催で行われる。6月から7月にかけて実施される本大会では、過去最多となる48もの出場国が激突。前回のカタール大会で、強豪のドイツとスペインを破った日本代表「森保ジャパン」は初のベスト8に挑む。

「サッカーの宮さま」と呼ばれた故高円宮さまの遺志を継ぎ、JFA(日本サッカー協会)の名誉総裁を務める高円宮妃久子さまは前回W杯の際、現地でサムライブルーをイメージした青色のスーツを着て、歴史的な逆転勝利となったスペイン戦を応援された。そのお姿に、インターネット上で「勝利の女神」と讃えるツイートも相次いだ。このW杯イヤーの幕開けに当たり、皇室とサッカーの深い縁を紐解いてみたい。

公的な韓国ご訪問

 現代皇室と日本サッカーの関係性は多岐にわたり、J1リーグはじめJリーグカップに並んで国内三大タイトルとされる「天皇杯」、女子の地域代表やWEリーグ、なでしこリーグ1部のチームなどが鎬(しのぎ)を削る「皇后杯」、U-18(18歳以下)のチームによる「高円宮杯」などの大会が存在する。

 高円宮さまは1987年にJFAの名誉総裁にご就任。2002年にはW杯日韓大会の開催期間中だった5月末、久子さまとご夫妻で公式な立場で韓国を訪問し、開会式にも出席され、19の試合をご観戦になった。血縁者の葬儀出席など私的なものを除く、公的な皇族の韓国訪問は、高円宮夫妻が第二次世界大戦後初めてという、歴史的な出来事だった。

 皇室と日本サッカー協会とのつながりは、高円宮さまがこの名誉総裁の職に就かれたことに始まる。Jリーグが開幕する6年前で、当時はまだ日本代表のW杯の出場経験がなく、1968年のメキシコシティ五輪で銅メダルを獲得して以降、長く続いていた低迷期を日本サッカー界が脱していく起点となった。

 その高円宮さまの名を冠した「高円宮杯」は、次代を担う高校生たちが、リーグ戦で日本の頂点を目指す“晴れ舞台”となっている。正式名は「高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ」で、全国のトップレベル計24チームが激闘を繰り広げる。高校のサッカー部とJリーグのユースチームが公式戦で真剣勝負を展開する、高校世代で最高レベルのリーグ戦だ。JFA関係者は「高円宮さまのサッカー界へのご貢献に敬意を表してお名前を戴いた」と解説する。

 だが、高円宮さまは日韓W杯の閉幕から約5か月後の11月21日夕、東京・赤坂の在日本カナダ大使館で不整脈による心室細動で突然倒れ、帰らぬ人に。まだ47歳のあまりにも若すぎる死だった。しかし高円宮さまのサッカー愛と情熱は、共に日本サッカー界のために尽力されていた久子さまに受け継がれ、翌2003年3月に後任の名誉総裁に就任された。もともと久子さまは、英ケンブリッジ大学へご留学中はイングランド1部リーグ、チェルシーの熱狂的なファンでもあった。

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