インバウンドが少ない日本の名湯7選! 雪国の秘湯から関東の“穴場”まで一挙に紹介
「東京から最も遠いまち」のレトロ温泉郷
オーバーツーリズムと無縁の都道府県といえば、観光庁の「宿泊旅行統計調査」で例年、外国人延べ宿泊者数が最も少ない島根県が筆頭に挙げられる。
江津(ごうつ)市商工観光課観光ブランド推進係の中村将貴係長によれば、
「島根県の中でも、公共交通網が脆弱な西部の石見(いわみ)地域は、特にインバウンドが少ないですね」
かつて「東京から最も遠いまち」といわれた江津市は、今も鉄道なら東京から新幹線と在来線を乗り継ぎ7時間以上かかるが、
「以前と比べて車ではアクセスしやすくなっています。高速道路を使えば萩・石見空港から約1時間、広島からも約1時間半ほどで行けるため、県内全域や広島県などと連携した広域観光を誘致する動きが徐々に活発化しています」
だが、いまだに多くのインバウンドたちは江津市にある名湯を知らない。
ここに紹介する有福(ありふく)温泉は、明治時代は湯治場で華やかな花街もあり栄えたが、昭和から平成へと移り変わる中で、旅館の廃業が相次ぎ一時は3軒だけになってしまったという。
そこで地元有志が一念発起! 2021~22年に観光庁の補助金を活用して、既存のみならず廃業した旅館にまで大規模なリノベーションを行った。今ではレトロ・ノスタルジックな風情を生かした新たな温泉街へと生まれ変わり、江戸時代から続く純和風造りの日本旅館をはじめ、プライベート露天風呂付きのホテル、素泊まり宿やドミトリー、一棟貸しまで約10軒の宿が営業している。
これらに泊まった際は、
「宿の温泉だけでなく、ぜひとも三つある外湯(公衆浴場)にも漬かってほしい」
と中村係長。いずれも泉質はアルカリ性単純温泉で共通しているが、
「レトロな建物で一番人気の『御前湯』は熱めの41~42度、木の香りが漂う家庭的な『さつき湯』は40度、ちょっとぬるめの『やよい湯』はもっともこぢんまりしており、地域住民にも愛されています」(同)
入湯料は1回400円だが、昨年、購入時点から24時間入り放題の「1日入湯券」(600円)もスタートしたので、ハシゴ湯し易くなったのがうれしい。
加えて、是非とも足を運びたいのが「湯の町神楽殿」だ。ここでは地元神楽団による郷土芸能「石見神楽」が毎週土曜の晩に上演される。間近で行われる演舞は大迫力のひと言に尽きる(※要予約、冬期は休館日もあるので注意)。
先頃の「温泉総選挙2025」で有福温泉は「秘湯/名湯部門」で全国2位に輝いた。石見神楽も大阪・関西万博での公演を機に世界的に注目を集めているので、今後は江津を訪れるインバウンドも増えるかもしれない。今のうちに訪れておきたいエリアだ。
「有名温泉地」に挟まれた“穴場”の名旅館
最後にご紹介するのは、東京から鉄道でわずか1時間強にもかかわらず、インバウンドに見いだされていない意外な温泉地である。
超有名温泉地「箱根」と「熱海」との間にある湯河原(ゆがわら)温泉。熱海市との境に流れる千歳川沿いに旅館が軒を連ねる風光明媚な温泉街だ。東日本の温泉で唯一「万葉集」に詠まれた温泉地であり、夏目漱石や国木田独歩、島崎藤村など多くの文人墨客が訪れて足跡を残している。
地域全体で100以上の源泉があり、これらの多くがほどよい塩分量の塩化物泉で肌触りまろやか。温熱効果と保温効果に優れているほか、副成分である石こう成分の鎮静作用が痛みを和らげることから、日清・日露戦争の際には負傷者のための療養地に選ばれたそうだ。
風情あり、由緒あり、泉質も素晴らしいと三拍子そろっている上、東京都心から車でも約2時間、東京駅から鉄道(JR特急「踊り子」号)を使えば約75分でアクセスできる。そんな至れり尽くせりの温泉街にもかかわらず、本当にインバウンドはいないのか。
「インバウンドはあまり見かけないし、うちでも宿泊者全体の1パーセント弱程度ですね」
とは、創業300年の老舗旅館「源泉上野屋」主人の室伏常夫さん。
「明治期創業の富士屋ホテルなど、日本の近代リゾートの先駆けとして世界中の外国人たちを受け入れてきた箱根に対して、湯河原は箱根火山の外輪山南麓と相模灘に挟まれています。海岸から引っ込んだ低地にある温泉街で、外部の資本や人があまり入ってきませんでした。そのおかげか、自分も含めのんびりした気風の旅館経営者が多く、インバウンドに向けた情報発信も熱心に行ってこなかった。だから近隣の温泉地とはインバウンド誘致に差がついているのでは」
かくいう「源泉上野屋」は、湯河原で最も古い宿の一つとしてまさに昔ながらの雰囲気を守り続けている。大正から昭和初期に建てられた全館木造建築の宿は、2010年に国の登録有形文化財に指定。御影石風呂とひのき風呂の2種類の内風呂や、最上階の足湯、そして山々や竹林を望む貸し切り露天風呂には、敷地内の地下約300メートルより湧出する自家源泉かけ流しの湯がたっぷり張られている。
温泉やぐらが点在する石畳の湯元通りや、千歳川の渓流沿いに広がる万葉公園を散歩するだけで癒やされるが、温泉街には素泊まり宿や町営日帰り温泉「こごめの湯」もある。
どんな形であれ、湯河原を訪れれば古き良き温泉街の風情に浸ることができるだろう。
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