紅白の「81.4%」は現代では不可能…世帯人数の激減で激変した、視聴率の「計算式」と「価値」
「紅白」最高視聴率への疑問
NHKの「紅白歌合戦」が史上最高の世帯視聴率を記録したのは「花の生涯」が放送されたのと同じ1963年。その数字は81・4%だった。大きな数字だが驚くことはない。1世帯当たりの平均人数が3・81人もいたのだから。今とは前提がまるで違った。
NHKはこの時の「紅白」について「8000万人が見た」としているが、これは盛り過ぎだ。世帯視聴率調査では視聴人数までは絶対に分からないからである。調べてないのだ。
それなのにNHKは、どうして8000万人という数字が出せたのだろう。当時の日本の人口は約9615万6000人。その81・4%が観たと判断し、人数を計算したのではないか。ただし、それでは荒っぽい。乳幼児まで観たことになってしまう。
「紅白」のこの高視聴率は金字塔扱いされているが、実際には世帯視聴率の仕組みがもたらしたところが大きい。だから条件がほぼ同じだった1962年の「紅白」も世帯視聴率は80・4%を記録した。60年代はほかの年も60%後半から70%後半と高い数字を残した。
「紅白」が初めて60%を割ったのは1986年。59・4%だった。以降、一度も60%を回復できていない。89年から「紅白」を2部制に分けた理由の1つも視聴率の低下だ。視聴者を午後7時台から取り込み、世帯視聴率を上げようとした。それでも1年目はうまくいかず、逆に第1部は38・5%、第2部は47・0%にまで落ち込んだ。
1980年代の数字の低下にも世帯視聴率が深く関係している。「紅白」の世帯視聴率が70%台で安定していた70年代は、1世帯当たりの平均人数も3・45人から3・27人で落ち着いていた。
1世帯当たりの平均人数が減っていったのは1980年から。「紅白」の視聴率が落ち始めた時期と同じなのである。80年代の1世帯当たりの平均人数は3・28人から3・10人と70年代より落ちた。92年には3人を割ってしまい、2・99人になった。誰か1人でも観てくれたら世帯視聴率になるが、その誰かが減り続けたのである。
1978年に始まったTBSの人気音楽番組「ザ・ベストテン」が終了を余儀なくされたのは89年。「紅白」の世帯視聴率が50%を割った年だった。
「ザ・ベストテン」は1981年には世帯視聴率41・9%をマークしながら、終了した89年には6・9%を記録してしまう。ヒット曲はあったのだ。「Diamonds」(プリンセス プリンセス)、「愛が止まらない~Turn it into love~」(Wink)、「学園天国」(小泉今日子)--。
やはり1世帯当たりの平均人数の減少が多少なりとも影響したと見る。例えば、4人家族で両親と子供2人という構成なら、子供のうち1人が観れば世帯視聴率につながる。子供が1人の3人家族になると、前提が大きく変わってしまう。
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