山口崇さん、釜本邦茂さん、篠田正浩さん、吉田義男さん…2025年に逝った「すごすぎるアマゴルファー4人」が熱く語っていたこと
著名人が趣味を語る名物コラム
毎年この時期になると、その年に死去した人たちを偲ぶ特集記事などが目に入る。読むとまた切なさは増してしまうが、ここでは生前のはつらつとした姿に目を向けてみよう。ご紹介するのは「週刊新潮」で昭和から平成、令和にわたって掲載されたコラム記事である。
昭和の頃は「レジャー」、平成以降はコラムコーナーTEMPO内の「パスタイム」、同「マイオンリー」と、2020年5月まで続いた一人称の短いコラムは、いずれも“著名人が趣味や好きなものを熱く語る”という内容だった。挙げられたテーマは「釣り」「朝顔」「ペット」「書道」などさまざまだが、語る者の個性が色濃く表れた言葉の数々には、本業で受けたインタビューとはまた異なるおもしろさがある。
今回は2025年に他界した山口崇さん(俳優)、篠田正浩さん(映画監督)、釜本邦茂さん(サッカー元日本代表)、吉田義男さん(元阪神タイガース監督)の“共通項”である「ゴルフ」をピックアップした。彼らはいかにゴルフと向き合い、そこに何を見ていたのか――。
(以下、引用部分は「週刊新潮」のコラム「レジャー」、「パスタイム」、「マイオンリー」より抜粋。一部仮名遣いなどを修正しています)
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スライスラインのないグリーンを夢見て
「ゴルフ」でのコラム登場4回で最多を誇るのは、俳優の山口崇さん(2025年4月18日没、享年88)。平賀源内を演じたテレビ時代劇「天下御免」や大河ドラマなど数々の名作に出演し、70年代後半からは「クイズタイムショック」の司会者でも強い印象を残した。
多趣味で知られ、相当な腕前のアマチュアゴルファーでもあった。そんな山口さんが「レジャー」欄に初登場したのは1980年12月、44歳の時である。
〈ちょっと気が早い話だが、来年の初夢は、スライスラインのないグリーンでパッティングする僕、なんて夢を見たいものだ。この世の、グリーン上からスライスラインがすべて消えてしまったら、最後の詰めがどんなに楽になるだろう〉(1980年12月4日号)
すでに当時、山口さんはゴルフに魅了されていた。自宅に〈小さなスライスラインのグリーン〉を作るなどして腕を上げ、49歳だった1986年5月、コラムに再登場する。
〈仕事も十分にして、なおかつゴルフも極める――大げさな言い方をすれば、そこそこの腕前のアマチュアゴルファーが到達できるハンディ最高は6、だと思っている。5以上のハンディは天分がものをいうし、またそれを維持するのは容易なことではない〉(1986年5月15日号)
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