34歳にして「3度目の日本新」! ロス五輪を視野に「大迫傑」が駆け抜ける“葛藤と挑戦”のマラソン人生
12月7日のバレンシアマラソン(スペイン)で、大迫傑(リーニン)が自身3度目となる日本記録更新を果たした。そのニュースはすぐ日本に届けられ、スポーツファンを驚かせた。驚かせたと書いたのは、しばらく大迫の名前はニュースになる機会がなく、今年2月の東京マラソンを直前になって辞退してから、忘れられた存在になりかけていた。熱心なファンはともかく、一般的にはそのような印象だと思うからだ。【取材・文=小林信也(作家・スポーツライター)】
【写真】1秒を削り出し、日本新記録を更新した大迫選手の美しい「魂の走り」
バレンシアは最高のマラソン大会
配信動画で、バレンシアでの大迫の走りを見ることができる。スタートから大迫は淡々とした表情で先頭集団をキープし、1km3分を切るペースで走り続けた。5kmごとの公式ラップタイムはすべて14分台、前半は1時間2分41秒。それでもなお日本記録を更新するには、後半を前半より速いペースで走る必要があった。大迫は、縦に長い6人の集団で粘り、終盤は上位3選手にスパートを許したもののペースは維持して残り数百メートルを迎えた。
最後の直線、ノースリーブシャツの胸のファスナーを開け、懸命にラストスパートを続ける大迫の表情は苦しそうだが、足取り、腕の振りは力強い。このレースに向けた練習と準備の成果を証明する速いピッチでゴールを駆け抜けた。
日本記録更新ができるかもしれない、できないかもしれない、微妙なタイムとの闘いを大迫は制した。フィニッシュは4位。タイムは2時間4分55秒。自身初の4分台。そして、2021年に鈴木健吾に奪われた日本記録を1秒上回って、4年ぶりに日本記録保持者の称号を奪い返した。
このレースで大迫が日本記録更新を狙っていたのは明らかだ。バレンシアマラソンに照準を定めたのがそれを物語っている。同レースは近年、好記録の出しやすいスピードマラソンとして人気を高めている。世界のマラソン・ランキングを見ても、上位10傑のうち4人がバレンシアで自己記録をマークしている。20傑に広げるとさらに4人、計8人になる。
大会の取材経験がある「ランナーズonline」はこうレポートしている。
『大会会長でレースディレクターのパコ・ボラオさんに「なぜバレンシアはこれほど好記録がでるのか」を取材すると、次のように答えてくれました。
「コースはフラットで、年中温暖なバレンシアは12月でも寒すぎず、気候もマラソンに適しています。だから皆が自己ベストを出すためにバレンシアにやってくるんです。(中略)ランナーにとって自己ベストは“アイデンティティ”です。4時間32分の人は4時間30分切りを、3時間15分の人はサブスリーを、どんなレベルのランナーも自己ベストを更新したいと願っています。バレンシアマラソンはそんな全てのランナーにとって最高のマラソンだと自負しています」』
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