「デビュー40周年」なのに露出がほとんどない「おニャン子クラブ」 「フジ中居問題」の影響は?
おニャン子が変えた芸能界
国内に目を向けると、プロ野球では阪神タイガースが2リーグ制になって初の日本一に。驚喜した阪神ファンが道頓堀川に飛び込むようになったのはこれが始まりだ。この時に一緒に道頓堀川に放り込まれたのが、ケンタッキーフライドチキンの店舗前に飾られていたカーネル・サンダース像で、その後、行方不明に。これ以後、タイガースは再び低迷期に入ったため“カーネル・サンダースの呪い”と呼ばれることになった。
8月12日、その阪神タイガースの球団社長が搭乗していたのが、羽田空港発・伊丹空港行きの日本航空123号便だった。乗員乗客500名以上が犠牲となる墜落事故で、その中には「上を向いて歩こう」などのヒット曲で知られる坂本九氏もいた。米国ビルボードで3週連続1位を獲得した日本の歌手は、いまだに彼だけだ。
民放プロデューサーは言う。
「坂本九さんのような歌い手は、もう出てこないのでしょう。おニャン子クラブの誕生で、その後の芸能界も変わりました。おニャン子として活動しつつソロデビューし、『うしろゆびさされ組』や『うしろ髪ひかれ隊』といった小ユニットもヒット曲を連発しました。85年は中山美穂や斉藤由貴、南野陽子らがデビューした年でしたが、40年経った今の芸能界に、ソロの人気アイドル歌手はほぼいません。いい意味でも悪い意味でも、誰でもアイドルになれるおニャン子の成功が、その後のモーニング娘。やAKBグループにつながったと言っても過言ではありません」
そんな時代を切り拓いたおニャン子が40周年の記念コンサートを行ったのだが……。
参加した元メンバーは9人
「一日限りの再結集で、会場は世田谷区民会館(せたがやイーグレットホール)でキャパは約900人。集まった元メンバーは新田恵利(会員番号4番)や樹原亜紀(同6番)ら9人のみでした。当時大人気だった国生さゆり(同8番)や河合その子(同12番)はもちろん、ネプチューン・名倉潤夫人の渡辺満里奈(同36番)や木村拓哉夫人となった工藤静香(同38番)もいない。秋元康夫人の高井麻巳子(同16番)の姿もなかった。参議院議員の生稲晃子(同40番)はメッセージを寄せたそうですけど」
実はこのコンサート、「公式がやらないならファンがやる!」とファンが企画したものという。
「実現しただけでも大したものだと思います。本来ならフジがやってもよさそうなものでしたが、難しいでしょうね」
おニャン子は12月3日と10日に放送されたフジの「FNS歌謡祭」にも呼ばれなかった。記念すべき年だというのに、なぜなのか……。
「中心メンバーが再結成に乗り気ではないこともあるでしょうが、やはりテレビ局はコンプライアンス的に手が出せなかったのではないでしょうか。“おニャン子復活”となれば当然フジが最初に仕掛けるべきですが、今のフジでは彼女たちのデビュー曲『セーラー服を脱がさないで』はもちろん『およしになってねTEACHER』も歌うことはできないでしょう。他にも“性”をテーマした曲が少なくありませんから。さらに彼女たちを誕生させた『夕やけニャンニャン』のディレクターの1人は港浩一前社長ですから、その話題に触れることさえタブー視されています。彼女たちはまさに“楽しくなければテレビじゃない”の頃のイケイケのフジを想起させますからね。もちろん彼女たちに責任はありませんが……」
「紅白」でもダメだろうか。
「モー娘。やAKBに比べると需要はないに等しいでしょう。それに元おニャン子の生稲議員は石破茂政権で外務政務官を務め、今年10月の自民党総裁選では高市早苗氏の応援に駆けずり回った。そういった“政治性”はNHKにはマイナスに働くでしょうね。もし中心メンバーでの期間限定の再始動であれば、どこかの局がバラエティー番組への出演を検討するかもしれません。“あの人は今”系の番組なら需要はまだまだあると思います」
ちなみに「紅白」の司会の1人、綾瀬はるかは85年の生まれである。
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