何者にもなれない焦燥感…オードリー若林が「初の小説」 タイトル『青天』に込められた意味

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支持される「率直さ」

 主人公の高校生は弱小アメフト部に所属していて、引退大会でも惨敗した。引退後に周囲の仲間が受験に向かう中、勉強にも気持ちが入らず、宙ぶらりんの日々を過ごす。この人物設定には、若林自身の経験が色濃く反映されているように思える。彼自身がアメフトの経験者でもあるし、芸人になる前もなってからも自分の居場所を見つけられず、何者にもなれない焦燥感を抱えていた。そんな経験を持つ若林だからこそ、鬱屈した思いを抱える主人公の心情を、リアリティを持って描けるのではないか。若林の小説は、自伝的要素を含みながらも、それを普遍的な物語へと昇華させる試みなのかもしれない。

 若林の文章が多くの人に支持される理由は、その率直さにある。彼は自分の弱みや心の葛藤を隠さず、それを丁寧に言葉にしていく。格好をつけず、虚勢を張らず、ただ正直に自分の内面を見つめる姿勢が読者の心を打つ。これは簡単なようでなかなかできることではない。

 また、若林の文章には独特のユーモアもある。それはいわゆる「芸人らしさ」のあるポップな笑いではなく、自分を少し斜めから見るような乾いたユーモアである。深刻になりすぎず、かといって軽薄にもならないその絶妙なバランス感覚が、若林の文章を読みやすく、魅力的なものにしている。

 エッセイでその才能を発揮してきた若林が、今度は小説という形式でどのような物語を紡ぎ出すのか。自意識にまつわる問題を、照れや皮肉に逃げず、過度な感動にも寄りかからずに描いてきた彼の書き手としての新たな挑戦を、多くの人が興味深く見守っている。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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