「親友と同じ娘を好きになってしまった」十代のよくある三角関係のはずが…46歳の今も縛られ続ける夫の人生

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突然の不幸

 ところが幸福は長くは続かない。久斗さんが大学を出て就職したころ、和輝さんの父が急死し、それを悲観した母があとを追うように、これまた急に亡くなった。悲しむ間もなく、和輝さんは社長に就任したが、古参の社員はついてこなかった。若く、経験のない和輝さんには社員の気持ちを引き止めておくことができなかったのだろう。小さな会社は崩壊し、和輝さんは貯金をはたいて社員に配り、自らは父の知り合いの会社に職人として勤めることになった。

「それでも親子3人、なんとか暮らしていかれればいいと和輝は言っていました。僕には精一杯、見栄を張っていたんだと思う。そのころ都美を見かけたことがありますが、痩せて小さくなっていた」

 久斗さんに和輝さんを助ける力はなかった。助けようとしても親友は拒絶しただろう。黙って見守るのも友情だった。彼自身は、仲よくしていた職場の先輩の妹と28歳のときに結婚した。20代に入ってから数人とつきあったが長続きはしなかった。恋愛から結婚へ気持ちを切り替えることができなかったのだ。だが先輩の妹である陽子さんは、落ち着いた信頼できる人柄だった。恋愛感情を飛ばして「一緒に生きていきたい」と心から感じたという。

「結婚したときは和輝も喜んでくれました。『おまえには幸せになってほしい』とポツリと言ったので、和輝こそがんばれと励ましたんです。彼の娘が小学校に入ったばかりだったけど、あのころ、もうふたりはうまくいってなかったんでしょう」

行方不明になった和輝さん

 それからしばらくたったころ、都美さんと娘の姿が消えた。ふたりが都美さんの母方の親戚の家にいると聞き、久斗さんは和輝さんの代わりに都美さんに会いに関西まで出かけていったこともある。

「和輝は心から都美と娘を愛していた。僕にはそれがわかったから、都美を迎えに行ったんです。でも都美は、もう昔の都美ではなかった。『和輝は変わった』と彼女は言ったけど、結婚生活の中でふたりとも変わっていったんでしょうね。彼の実家があんなことになったし、都美は結局、大学を中退せざるを得なかったし、娘を授かったこと以外はすべて絶望でしかないと都美は泣いていました。僕自身、結婚したばかりだったから言えなかったけど、『オレと一緒になろう』と喉元まで出かかりました。本当だったら自分が都美と結婚したかったという熱い気持ちが蘇ってきて……」

 久斗さんは都美さんを連れて帰れなかった。和輝さんに謝ると「ありがとう。いいんだよ、こうなる運命だったんだ」と彼は無理矢理笑顔を作って見せた。その後、久斗さんも子どもに恵まれ、仕事に子育てにと忙しい日々を送っていた。

「3年ほどたったころだったかな、都美と娘に会いにいくと言ったまま和輝が行方不明になったんです。都美のもとには現れなかったらしい。さすがに都美も焦ったのか、捜索願(現・行方不明者届)を出したけど見つからなかった。2年後、和輝は縁もゆかりもない土地で亡くなっていました。流れ着いた土地で誰にも知られずに生き、死んでいった。死因もわからなかったようですが、事件に巻き込まれたわけではなさそうでした」

 久斗さんには2人の男の子がいた。親友だったはずなのに、なにもできなかった自分を呪うしかなかった。

 ***

 親友であり恋敵でもあった和輝さんを失った久斗さん。彼の言う「愛してはいけない人を愛してしまった」とは――。その真相は【記事後編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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