「瀬川の歯の色」「KYすぎる蔦重」 高評価「べらぼう」にもあった残念な場面ワースト5
田沼意知の死自体はよく描かれたが
4位は、田沼意次(渡辺謙)の嫡男、意知(宮沢氷魚)の死。第27回「願わくば花の下にて春死なん」(7月13日放送)で、政務を終えて御用部屋から退出した意知は、佐野政言(矢本悠馬)に斬りかかられた。続く第28回「佐野世直大明神」(7月27日放送)で、深手を負った意知は治療の甲斐なくこの世を去る。一方、佐野は牢屋敷で切腹したが、人々は意知の葬列に「天罰だ」といって石を投げ、佐野を「世直大明神」と讃えた。
そのこと自体はいいのだ。米不足が深刻化を増していた折から、意知は八つ当たりの対象となり、テロリストが英雄視される。今日のネット社会でも起きうる人々のゆがんだ欲求までがよく描かれていた。
問題は意知が田沼屋敷で死ぬ場面である。意知は老中の松平康福の娘を正室としてめとり、この時点で3人の男児もいた。それなのに、最期を看取るのが父の意次と重臣の三浦庄司(原田泰造)だけだというのは、さすがに不自然だろう。
『べらぼう』では意知は、吉原の花魁「誰が袖」と恋仲になり、彼女を身請けした。史実では、彼女を身請けしたのは勘定組頭の土山宗次郎(軽少ならん)だが、『べらぼう』では形式上、土山が引き受けたかたちだった。それはいいが、花魁との恋仲を強調するあまり、正室や息子を見せなかったのだとしたら、やりすぎだろう。
蔦重の歌麿への態度はあまりにも
3位は、喜多川歌麿(染谷将太)に対する蔦重のKYな態度を挙げる。第42回「招かれざる客」(11月2日放送)では、女性を歌麿に描いてほしい商人たちが耕書堂に列をなした。だが、大量の注文を歌麿ひとりはこなせない。そこで蔦重は歌麿にいった。「この際、弟子に描かせたらどうだ?」「お前が名だけ入れりゃあいいじゃねえか?」。歌麿は1枚1枚の絵をていねいに描きたいのだが、蔦重は「ちょいとした方便くれえ、お前、許されんだろ?」と有無をいわせない。
同じ42回に、次のような場面もあった。蔦重は吉原を訪ね、女郎の大首絵の揃いものを出さないかと持ちかけた。結果として、歌麿が50枚の女郎絵を描けば、蔦重が吉原に100両の借金を返済したとみなすことになった。だが、それを聞かされた歌麿は、蔦重が自分の仕事を勝手に決めたのが許せない。しかし、蔦重は「頼む、ガキも生まれんだ」。
歌麿に対する蔦重の自分本位な考え方やもののいい方には、うんざりした視聴者が少なくなかったのではないだろうか。この寛政5年(1793)ごろから、歌麿は蔦重以外との仕事を増やしていった。だから、蔦重と歌麿のあいだに生じた確執を描くこと自体は、理にかなっている。
しかし、主人公がここまでKYなのは、ドラマの人気を保つうえでいかがなものかと心配になる。蔦重のプロデューサーとしての役割を考えれば、こうした要求も不自然ではないものの、「ガキも生まれる」などと私的な話も交えるのは、見ていて心地よいものではない。
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