不倫相手と暮らして6年、捨てた妻が「がん」だと聞いた…揺れる49歳夫に共に暮らす彼女が静かに告げた言葉とは
自分を止めることはできなかった…泣き叫ぶわが子を置いて
澄恵さんには結婚願望がほとんどなかった。実は彼女は20代前半で1度結婚していたが、夫の暴言に耐えかねて1年ほどで離婚したのだという。同い年だったのに「結婚したら、私を自分のモノだと言い張るような男だった」そうだ。
「それ以来、結婚はいらないと思って生きてきたそうです。彼女は僕のことを『優しい』といってくれる。40過ぎの既婚の男が、三十路の女にベタ惚れになってしまった。事務所の先輩が相談相手だったんですが、『離婚なんてしないほうがいいぞ、顧客の信頼を失う可能性もあるから』と心配していました。それもそうだと思ったけど、家庭にいるより澄恵の部屋にいるほうが落ち着く。子どもたちには申し訳ないと思ったものの、自分を止めることはできなかった」
澄恵さんの賃貸マンションの更新時期に、ふたりは新たな部屋に越した。家賃は忠信さんがもつ、光熱費などは折半ということになった。忠信さんには自宅のローンも残っていたし、家への送金もあるが、ますます働こうという原動力にもなった。心にあいていた穴は澄恵さんが埋めてくれたような気がした。
「妻には話しました。好きな人ができて一緒に暮らしたいと。妻は『離婚はしない』と。わかった、生活費は今まで通り送ると言って、キャリーケースに洋服などを詰めたんです。なんだか泣けてきて……。子どもたちにも自分の口から話そうと決めました。さすがに正直には言えなかった。仕事の都合で離れて暮らすと言うしかなかった。すると妻が、娘と息子に『パパはね、別の女の人と暮らすの』と言ったんです。娘は泣き出し、つられて息子も泣き出した。ママとあなたたちを捨てるのよ、パパは。妻ははっきりそう言った。娘は『どこにも行かないで』と絶叫しました。その声を封じ込めるようにドアを閉めたことが忘れられない」
ふたりの生活
新しい人生の扉は、娘の悲痛な声とともに開かれた。娘の声はいつでも脳内に響いていたが、澄恵さんへの気持ちも断ち切れなかったし、ふたりの生活は時間的なすれ違いはあったもののうまくいっていた。
「澄恵は自立している。そして僕は自立した女性が好きなんでしょうね、基本的に。ひとりでがんばっているから、ときには手を差し伸べたくなる」
ふたりの生活は6年に及んだ。忠信さんは澄恵さんとの間に子どもがほしいと思うようになったが、澄恵さんはピルを飲むのをやめなかった。
「たまには子どもたちに会ってくればとか、澄恵はさらりとそういうことを言ってくれた。娘は会ってくれなかったけど、息子とはときどき一緒に野球を観に行ったりしていました。家の前まで送っていくと、『パパは入らないの?』と言われる。それがせつなかったですね」
そのうち、息子は「ママが会っちゃダメだって」と言うようになった。乃理子に子どもとだけは会わせてほしいと頼み込んだけど、「教育上、よろしくないから断る。弁護士から説明させましょうか」という返信が来て、心が折れた。本当に弁護士を立てていたかどうかはわからないが、乃理子さんの気持ちが頑なになっているのは確かだった。
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