【べらぼう】いよいよ終幕へ 錦絵本のはなむけ、亡き妻を描写…緻密なストーリーのなかでも特筆すべき名場面ベスト5

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身請けされる瀬川への蔦重のはなむけ

 2位は、第10回「『青楼美人』の観る夢は」(3月9日放送)で、小芝風花演じる五代目瀬川が、鳥山検校(市原隼人)に身請けされる日の場面とする。蔦重は松葉屋に瀬川を訪ねて、自分が完成させたばかりの錦絵本『青楼美人合姿鏡』をはなむけに手渡した。

 花魁たちを描いたこの錦絵本には瀬川も描かれていた。蔦重は瀬川に「俺はここを楽しいことばかりのとこにしようと思ってんだよ。売られてきた女郎がいい思い出いっぺえ持って、大門を出てけるとこにしたくてよ」といった。自分と瀬川がいだいてきた夢は、それではないかというのだ。「俺と花魁(瀬川のこと)をつなぐもんは、これしかねえから。俺ぁその夢を見続けるよ」という蔦重に、瀬川は「そりゃあまあ、べらぼうだねえ」と返して涙をぬぐった。ジーンとさせられる場面だった。

 蔦重は「売られてきた女郎が」と語っており、吉原の女郎たちが人身売買の被害者だと認識している。だが、どう認識しようと、この時代に一介の町人には、女郎たちを救う手立てはなかった。せめて「楽しいばかりのとこにしよう」というのは、蔦重の立場でできる最善のこと。女郎にできることも、それ以上ではなかった。

「俺と花魁をつなぐもんは、これしかねえ」という言葉は、時代状況を考えても理に適っていた。だからこそ深い場面になったのである。

松平武元と田沼意次の迫真のやりとり

 1位は、将軍徳川家治(眞島秀和)の嫡男で、次期将軍に内定していた家基(奥智哉)が急死した問題について(『べらぼう』では手袋に毒が仕込まれたのが原因だとされた)、老中首座の松平武元(石坂浩二)が田沼意次(渡辺謙)を呼び出した場面としたい。第15回「死を呼ぶ手袋」(4月13日放送)

 家基の急死については、意次が関与したという噂が同時代にもあったが。自分の権力の支えである家治と家基の父子に、意次が危害を加えるべき必然性はない。しかし、意次は武元との関係性がよくないので、武元に屋敷に呼び出されたとき、冤罪を着せられるのではないかと心配した。だが武元は、いくら意次を嫌っているからといって、だれが将軍に忠義を尽くし、だれが欺こうとしているか、見誤るほど愚かではないという。

 当初は警戒していた意次と、「見くびるな! この機を使い追い落としなどすれば、真の外道を見逃すことになる!」と言い放った武元。ベテランの名優2人による迫真の演技に打たれたが、それを通して、家基のことが邪魔だったのはだれか、というところまで、当時の権力構造を透かしながら見せたのは、たいした構成であった。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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