「ばけばけ」ヒロイン・高石あかりの“静かな怒り”に戦慄…観る者の想像力を掻き立てる圧巻の演技力
ふじき脚本の裏側
朝ドラことNHK連続テレビ小説「ばけばけ」が放送開始から7週目に入った。ヒロインの松野トキ(高石あかり)と英語教師のレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)が結ばれる前半のクライマックスはまだ先だが、評判も視聴率も上々。牽引車であるふじきみつ彦氏(50)の脚本と高石の演技力を解剖する。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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ふじき氏は早稲田大学在学中にNSC(吉本総合芸能学院)でお笑いを学んだ。同大を卒業すると、不条理劇の第一人者だった大物劇作家・別役実氏に師事する。
基本的な作風は松尾芭蕉の句の一節と同じく、「おもしろうてやがて悲しき」。それは代表作の1つであるテレビ東京「バイプレイヤーズ」(2021~21年)にも染み渡っていた。
この朝ドラもあちこちで笑わせてくれるのは知られている通り。第27回、誰かが松野家をのぞいていた。トキの母親・フミ(池脇千鶴)は「泥棒?」とかすかに怯える。
すると、父親の司之介(岡部たかし)は悠長に「泥棒ならウチより裕福じゃろ」と口にした。小心者でありながら、度を超す貧乏暮らしにも物騒な気配にも動じないところがおかしかった。
松野家の様子をうかがっていたのはトキの知り合いの錦織友一(吉沢亮)。旧制松江中学の英語教師でヘブンの通訳だ。雑用係までやらされている。トキに用事があって訪ねてきた。
「単刀直入に言うぞ」と錦織。トキは「はい」と笑みを浮かべながら応えた。だが錦織は切り出せない。トキは「あっ、単刀直入に」と催促する。何事にも気後れすることがないトキにもクスリとなる。
悲しみも随所に交える。錦織の用件はヘブンの女中になってほしいというものだった。外国人宅の女中はラシャメン(外国人の妾)とも呼ばれ、酷く蔑まれていた。
錦織は「月20円出す」と言って口説いた。第28回になっていた。トキの家が酷く貧しいのは分かっている。学校教師になったトキの幼なじみ・野津サワ(円井わん)の月給は4円だから、5倍である。大金だ。
もっとも、トキは足元を見られたと思った。語気を強めて断る。
「バカにせんでごしなさい。帰ってごしなさい」
貧し過ぎることはときに悲しい。直後にもっと悲しい出来事に直面する。お姫様育ちの実母・雨清水タエ(北川景子)が、道端で物乞いをしていた。親が物乞いに身を落としているのを目の当たりにしたら、誰でも胸が張り裂けそうな思いになるだろう。
ましてトキは錦織に女中の話を断る際、「家族」を一番の理由に挙げた。養家である。肩身の狭い思いをさせたくなかった。前夫・山根銀二郎(寛一郞)から、借金まみれの松野家を捨てて、2人で暮らそうと誘われたものの、出来なかった。これも養家が大切だったから。生みの親への思いも同じはずだ。
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