「ばけばけ」ヒロイン・高石あかりの“静かな怒り”に戦慄…観る者の想像力を掻き立てる圧巻の演技力

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長いセリフは僅か

 展開を早く出来るのは、長いセリフが極端に少ない効用でもある。第6週は長いセリフが2度しかなかった。まず第27回で遊女・なみがトキらに対してラシャメンの苛烈さを語った。「悪口言われて、石投げられて……」。ただし、長いと言っても1分強。橋田壽賀子さんの脚本の場合、3~4分のセリフがザラにあった。

 次の長いセリフは第30回。花田旅館で三之丞がトキに窮状を明かした場面。「冬が来る前になんとかしないと。凍死、いや、その前に餓死かな……」。やはり1分強だった。一つひとつのセリフの無駄を省き、短くしている。またセリフが簡潔だから分かりやすい。

 出雲弁も極めて少ない。語尾に使うことよって全体を出雲弁らしくしている程度。一例は第27回で、トキが司之介らに向かって口にした「分かってごしなさい」。標準語だと「分かってください」だが、これくらいなら解説を受けなくても察しが付く。

 逆に同じ第30回で三之丞がトキに言った「大変そうだね」は標準語だった。出雲弁だと「しんどげだね」になるはず。出雲弁を省いているのもまた分かりやすくするためにほかならない。出雲弁を売り物にするつもりもないようだ。

 ほかにも特徴がある。倒置法が目立つ。たとえばトキが三之丞に言った「おばさまを見ました、物乞いしているお姿を」(第29回)。結論を先に言うから、やはり分かりやすい。

 リズム感を重視したセリフもよく登場する。トキは三之丞に「確かに貧しいですし、借金取りもちょくちょく来ますし、でも寝るところはあります」(第30回)と言った。文章もそうなのだが、リズムを重視したセリフは頭に入りやすい。テンポと躍動感も生まれる。

 ふじき氏の脚本はセリフも俳句のように想像を求めている。また、やはり俳句と同じように簡潔さ、リズム感を大切にしている。

 その脚本に応えているのが高石。あちこちで逸材との声が上がっているが、その通りではないか。

 第28回で錦織からの女中の誘いを「バカにせんでごしなさい」と断った。その際、語気は強めたものの、眉や目を吊り上げたり、唇を震わせたりはしていない。代わりに錦織を軽蔑の眼差しを向けた。錦織は大声で怒鳴られるより動揺しただろう。

 高石の演技プランだったのか、それとも村橋直樹氏(46)ら演出陣の指示だったのか。たとえ演出であろうが、それまでトキは笑みを浮かべており、急に軽蔑の眼差しを浮かべるのは難しい。

 高石はTBS「日曜劇場 御上先生」(今年1月)で助演し、名門私立高に不正入学していた高校3年生・千木良遥を演じた。最終回で国語教師の是枝文香(吉岡里帆)に退学と高卒認定試験の受験を伝える。安堵と不安が入り混じった表情を浮かべていた。難しい演技だったが、総出演場面が短く、演技力まではよく分からなかった。

 初主演映画「ベイビーわるきゅーれ」(2021年)の演技は出色そのもの。役柄は喫茶店などでアルバイトもする兼業の殺し屋。通常は普通の若者なのだが、自分が電話中なのに監禁していた男が騒ぐと、「電話中なの、見えてないですか?」と静かに言い、躊躇せず射殺してしまう。キレたり、冷静になったり。演技に緩急を付けるのは容易ではないが、高石は文句なしだった。

 ふじき脚本と高石の演技が原動力となり、来年3月まで楽しませてくれそう。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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