「ばけばけ」ヒロイン・高石あかりの“静かな怒り”に戦慄…観る者の想像力を掻き立てる圧巻の演技力
説明を省く
第30回、トキは再び物乞いをするタエと遭遇する。物語は説明を省いたが、今度は偶然ではない。タエが居る場所は分かっていた。内職物を届けた帰り、自ら足を運んだ。タエの窮状を目に焼き付けることで、自分が女中になる決意を固めるためでもあったのだろう。その間のトキの胸の内は一切説明されなかった。
ふじき氏は独り語り、あるいはナレーションによって、トキら登場人物の心象風景を説明することをしない。視聴者側の想像に任せる。阿佐ヶ谷姉妹による蛇と蛙の会話はナレーションではない。トキの心情など説明しない。トキとヘブンを見守る2匹の語りだ。制作者側もそう説明している。
第29回、トキは松江大橋のたもとで三之丞(板垣李光人)と再会する。第30回、花田旅館で再び三之丞と会う。このときもお互いの近況やタエの様子を伝え合ったが、胸の内はともに口にしていない。
2人は実の姉弟だ。それをお互いに知っている。それでも三之丞は「苦しい」とは一言も口にしなかった。トキもまた「見ている私も辛い」とは言わない。やはり観る側の想像に委ねられた。
あくる日、トキは錦織に会いに行く。こう伝えた。「シジミ売りはやめました……ヘブン先生の女中になります」。シジミ売りをやめたと伝えるところから、女中になると言うまで、15秒もの間がつくられた。
もちろん、そのときのトキの気持ちの説明も一切なし。しかし、観る側はトキの胸の内が痛いほど分かったはず。トキが実母と実弟の困窮を知ったら、平気でいられるはずがない。説明するのは野暮だ。ふじき氏が真骨頂を見せた場面ではないか。
ふじき氏の脚本の特徴はほかにも数多い。まず展開が早い。第1週では司之介が莫大な借金を背負い、トキはやむなく実父・雨清水傳(堤真一)の営む織物工場に働きに出た。第2週でのトキは2回見合い。山根銀二郎(寛一郞)と結ばれた。それでいて飛ばしすぎと思わせない。
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