「仲良しご近所さん」との奇縁を知って45歳夫は“うつ”状態に… 異色の結婚観にも影響されはじめた夫婦の行き着く先は
近づかないようにしていたのに…
ハッと我に返った彼は、思わずリビングを振り向いた。妻と敏昭さんがリビングの奥のキッチンでこちらに背を向けているのが見えて、ホッとしながら現実に戻った。
「危うかったです。瑠莉さんを好きだと思う自分がいた。これは確実に恋愛感情だった。瑠莉さんの体の柔らかさと深みのある声に、引きずり込まれる感じがありました」
ふたりになるタイミングを作ってはいけないと彼は心した。だがこういう自制が働くということじたい、すでに赤信号に入り込んでいるということだ。タイミングなど、いつでもやってくる。
「1年くらい前、瑠莉さんから連絡があったんです。『飲みに来ませんか』と。その日は大学生の娘は友だちと旅行、妻は実家に両親の様子を見に行っていて、息子は部活動の合宿。僕ひとりだったんです。瑠莉さんのところへ行ってみると、あちらも彼女ひとり。それがわかったときに帰ると言ったんですが、『いいじゃないですか、飲みましょうよ』と腕をとられて」
オープンマリッジ?
仲よくしている近所の家で、そこの妻と関係をもつなど実さんには考えられないことだった。だがその考えられないことは起こった。夫婦の寝室ではなく、リビングのソファだったことはかろうじて救いだったのか、むしろ家族全体への冒涜だったのか、実さんは今でも考えることがあるという。
瑠莉さんとの関係はそれからも続いた。頻繁ではなく、どうしようもなく相手を求める気持ちが高まったときだけ。
「数ヶ月前、ばったり敏昭さんに駅で会って、また居酒屋に行ったんですが、どうも彼は僕らの件を知っているようでした。でも何も言わない。ただ、『うちはお互いに好きなように生きると話し合っているんです。何があっても認め合う。でも離婚はしない。最愛にして最後のよりどころはお互いだとわかっているから』と穏やかに言っていた。密かにオープンマリッジみたいな関係らしいけど、それを声高に言うわけでもなく、僕を牽制するわけでもない」
「結婚生活が息苦しいの」
遼子さんだけが蚊帳の外に置かれた状況ではあるが、もしかしたら敏昭さんの言葉は、「だから僕と遼子さんが何かあってもいいよね」という意味なのかと実さんは思い至った。うちはそれほどオープンにはなれないなとつぶやいたら、敏昭さんは「それぞれ価値観は違いますからね」と穏やかな口調のままだった。
「なんというか、絡めとられていくような不安はありました。でもあの夫婦との関係は切りたくない。そのころですよ、遼子が『結婚生活が息苦しいの』と言いだしたのは。ひょっとしたら敏昭さんに口説かれているのかもしれない。でもそれを聞くわけにもいかない。結婚生活の何が苦しいのかと聞いてもはっきりした答えは返ってこない。浮気したいのかと尋ねると、そういうことじゃないと言う」
自分も妻も、何かが不安なような、何かが始まりそうな、妙な気持ちになっているのかもしれないと実さんは言う。自分たち家族が崩壊する方向に向かっている嫌な予感と、瑠莉さんとの官能的な関係を壊したくない欲望と……。それでも今のところは欲望が勝っていると実さんは言う。
「その結果、何があってもかまわないというほど腹をくくれてはいませんが、遼子も僕も今までの価値観がそれぞれ揺さぶられているのは事実なんでしょう。瑠莉さんは、僕らのことを夫は知らないと言っていますが、どう考えても知られているし容認されてる。どうなっていくのか、しっかり受け止めて対応していくつもりではいます」
淡々と波風立たずに進んできた結婚生活だが、ここへ来て波瀾の予感に満ち満ちている。過去と現在を行ったり来たりしながら、この波瀾を敏昭さんはどこかで楽しんでいるようにも見えた。
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「息苦しい」との妻の台詞。それは何かの始まりを仄めかしているのか、あるいは始まっていることを示しているのか……。思えば妻との結婚も、かなり異質な経緯をたどっていた。詳しくは【記事前編】にて。
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