「仲良しご近所さん」との奇縁を知って45歳夫は“うつ”状態に… 異色の結婚観にも影響されはじめた夫婦の行き着く先は

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“弟の死”に思いのほか心が沈んで

 だがそのことを、実さんは遼子さんには言えなかった。なぜ言えなかったかはわからない。生き別れた弟がいると話したことはあるが、その弟が実は仲よくしている敏昭さんの弟となっていて、さらに死んでいたとは、どうしても話せなかったという。

「同じ両親のもとに産まれて、これほど人生が違ってしまった弟のことを考えると、気持ちが沈んでどうしようもなかった。そのころには母もすでに亡くなっていたので、その気持ちを共有できるのは敏昭さんしかいなかったけど、彼と僕とでは立場が違う。でも敏昭さんはその後も僕をすごく気遣ってくれました。彼はその話を妻の瑠莉さんにもしたようで、瑠莉さんも『話したいときはいつでも言ってね』とさりげなく声をかけてくれたんです」

 その優しさにすがってしまったのは、彼が弟の件をきっかけに子ども時代をあれこれ思い返していたからだろう。本来は甘えん坊だったこと、離婚前の両親の大げんかにいつも心を痛めていたことなどが次々に思い出された。

「そういえば1度、父と母の間に割って入って、興奮した父にぶっ飛ばされたことがあった。僕は頭から血を流して倒れているのに両親はけんかをやめなかったんですよ。8歳くらいのときだったかなあ、あのとき僕は両親を心の中で見限ったのかもしれない。そうやって思い出していったら、なんだか自分がかわいそうになってしまって」

瑠莉さんに慰められて

 精神的に行き詰まった。30年以上も前のことを思い出してもどうにもならないとわかっていながら、どうにもならないからこそ行き詰まった。

「敏昭さん夫婦に呼ばれて、ある晩遅くに遼子と一緒にお邪魔したんです。弟の件は遼子に話していないと敏昭さんたちはわかってくれていたので、世間話をしただけ。それでもなんとなく心が落ち着きました。たまたまベランダに出て涼んでいたら、瑠莉さんがお酒を持ってきてくれて。『無理しないでくださいね』と言われて、なんだか泣けました。こんなふうに温かい気持ちにさせてくれる夫婦と知り合って、僕はとっても恵まれていると思った。あ、人に感謝すると自分も気持ちがいいんだなと思った記憶があります。そういう細かな感情が僕には抜け落ちていたんですよね」

 瑠莉さんはさりげなく近づき、彼の腕をそうっと撫でた。その瞬間、こみ上げるものがあって彼はしゃくり上げてしまった。すると今度は背中をトントンと叩いてくれた。その昔、4歳か5歳のころ、幼稚園でけんかして泣いて帰った彼に、母がこうやって慰めてくれたことがあった。あのころは幸せだったのかもしれないとかすかな記憶が蘇る。

「瑠莉さんと母を混同したのか、僕、彼女に抱きついてしまったんです。彼女は抱きしめ返してくれた。大丈夫よと言いながら」

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